日 程 : 2014年2月16日(日)~22日(水)
目的地:宮城県石巻市渡波

2月16日(日)

 17名は,JR朝霧駅に集合。91年ぶりの大雪の石巻に向かう。運転を担うのは,元自衛隊の栫和彦氏。慎重な運転と道路情報入手の適切な判断により安心である。
 季刊誌「支縁」の発行が大幅に遅れており,事務局の吉川 潤,山本智也,村上裕隆のメンバー以外に長谷川千紗さん,井奥真代さん,峯野理絵さんが手伝ってくださるおかげで発行できるのはさいわいである。機構は若いメンバーたちが常に中心になって企画,運営,実施されている。奥野理恵さん(第25次)のイラストが用いられ,紙面が新鮮である。
 今回は,九州,四国,山陰からの参加者はなかった。類例のない雪,豪雪地帯を行くのに,勇気,機構への信頼,親御さんたちの理解があったことを感謝したい。 
 あいにく,事務局長の母君が入院なさったため,レンタカーのステッカーを届け,今回は送迎してもらえなかったが,回復を祈りたい。
 参加者は,薬剤師の本田陽太郎氏(第16,23次),銀行家上田和巳氏(第21次),京都大学生4名,神戸学院大学薬学部,関西学院大学,関西大学,大阪大学大学院,小学校教員,神戸市役所,ほっともっと勤務の方々である。

2月17日(月)

 凍結,雪のため,通行止めの中央道,北関東,東北道は使えない状況で,どのように現地入りするか,予断を許さなかった。しかし,北陸道,磐越自動車道,東北道がすべて円滑に進み,約束の時間通りに石巻市門脇小学校前に到着できたのも,栫和彦氏の的確な情報入手と安全な運転に寄与することが大きい。
 先月と同様,零下2度,3度の表示が高速道路に示される。車内は暖かいが,サービスエリヤごとの休憩時には,マフラーがないと,寒風が襟元に入り,寒い。
 最近,サービスエリヤのお手洗いもウォッシュレットになっているが,東北は停電の影響も一部あり,流す機能しかなかった。
 6時半に,石巻市に入る。見渡す限り,積雪である。西光寺の樋口伸生氏が一行を迎える。西尾竜子さん(25次,26次,35次)のCDを前日受け取られており,たいそう喜んでおられていた。

門脇小学校前

松原町
   渡波 松原町

 続いて,阿部捷一支所長,佐藤金一郎ご夫妻のもてなしを受ける。
 収穫祭,音楽会,餅つき大会などを通じて,石巻市渡波の地域の方々と関わりが深いものになっている。津波でなくなった地域の行事,季節の祭事に神戸の若者たちは喜んで場(ゲレンデ)の裏方をしている。
 今回は,海のしけのため養殖ボランティア,雪のため,田んぼのボランティアはなく,林業,養蚕,女川仮設住宅の雪かき,傾聴ボランティアなどに仕える。

雪かきa

2月18日(火)

 修空館の小野寺 脩館長からも遊技協同組合からの差し入れも託され,感謝でいっぱいである。

修空館にて

       宿舎を掃除して,感謝のみを残す

 二日目の朝,バスは森林組合事務所に行くと朝礼をしていた。昨日の林業,薪づくりに専念した本田陽太郎班長,二人の薬学部の学生,村上リーダーが緊張して,理事長室に招き入れられる。前回の炭焼きと同様,組合の山下俊一氏が現場の阿部初吉氏(79歳)と木村貞一氏(77歳)に連絡を予め取っていてくれていることはありがたい。

森林組合長

 大正時代からの伝統,地域特性について鈴木健一組合長から聞かされる。出してくださるお茶をすすりながら,鈴木氏が2年前に胃を全摘したにもかかわらず,重責を担っている様子を伺う。理事長室を出ると,起立した全職員を前に,大内伸之統括部長兼事業部長が 機構のボランティアを紹介。帰り際には参加者全員にお茶ペットボトル,軍手をくださる。たいした働きができていないにもかかわらず,温かい歓迎を受けて,恐縮のし通しで,組合を出る。

雪かき

 女川の仮設住宅付近の雪かきに上田和巳班長以下,4人が携わる。木村褜治沢田区長がスコップや一輪車を用意してくださるおかげで,作業がはかどる。上田氏は京都において岩手県の手作りの編み物を販売したりして,復興に積極的である。
 昼食は二日間共,地産地消の「みやこ」のお弁当である。2012年6月以降,機構のボランティアは破格でありながらも,ボリューム,味,見栄えにおいても抜群の糧に喜ぶ。とても400円とは思えない内容である。「めっちゃ,うまい!」

薪しばり

     薪づくりに寒さを忘れる

 いつもお世話になっている丹野一雄宮城県漁業協同組合委員長の父丹野徳三郎氏(93歳)が2月11日に逝去。代表は18日,ご自宅に御花料を霊前に捧げ,孫の典彦さんから徳三郎氏についての思い出などを聴くことになる。
 2011年9月以降,石巻で農作業に従事している村上リーダーは,先月に引き続き,地元の無農薬で農業に従事する鈴木有機農園の三浦雄子氏,NPO法人いしのまき環境ネットの川村久美事務局長と打ち合わせをする。秋の収穫祭に備えて,どのように稲を栽培するか,地元の亀山氏と5人で話し合う。亀山氏は機構に際前の田んぼを寛大に委ねてくださる。NPO田んぼの研究員佐々木猛裕氏,吉田善広氏からも指導を受けながら,無農薬の苗ポットを千葉富夫氏から購入し,保田ぼかし(無農薬,有機による乳酸菌こやし)で4月以降から着工することになる。
 「田・山・湾の復活」をスローガンに宮城県石巻市で農作業をする目的は,兵庫県豊岡で復活したコウノトリが飛来する夢がある。そのため,山本智也君をはじめ事務局員たちは岸本 豊氏(第11次,第19次)のご好意により,神戸市西区の田畑で農に従事しながら,技術を磨いている。毎月,「Let’s 農林漁」.で保田 茂 先生から無農薬,有機農業を学んでいる。
 
 傾聴ボランティアは,漣 博司班長(大阪大学院2回生)率いるメンバーたちで浜松町のまちづくりのための地図作りにかかる。震災で流された家,お会いできたご家族などを記録していく。農林漁の肉体作業でないだけに,寒風が肌をさす。初日は石巻市渡波地域農業復興組合阿部勝代表のご指導の下,養蚕の剪定のため鹿妻で,予定通りの作業を終えていた。岡本光司さん(関西大学),植村芳之さん(医療学校),豊原響子さん(京都大学)たちは浜松町でお出合いする人々の震災体験談に驚いていた。 
 戸別訪問は,都会では味わえない思いやり,優しさといった感情形成にも役立つ。 

傾聴ボランティア

         渡波 大宮町の竹下勇一氏(66歳)
傾聴ボランティアa

浜松町
  渡波 浜松町の復興はほど遠い

 他に再訪問として,別のグループは民生委員の大島ます子氏宅を訪ねる。ちょうど来訪していた阿部節子さんといっしょに,京都大学の織田拓也さん,千田真彰さんがほやのさかむしをごちそうになったり,石巻でしか食べられない食生活について談話する。震災で被害を体験した方たちとの衣食住を通じて,地域体験をする。
 小島芙美子さん(21次,24次,35次)の発案で大島さんが器用に手作業で作成したマスコットストラップを,中野彰太さん,石田昌平さん,本田陽太郎氏たちも記念に求めていた。神戸国際支縁機構が現地の震災失業に対応して,石巻で製作した「まけないぞう」など,阪神間で販売することによって,製作する年金生活者や失業者にとって少しでも生活の糧になれば喜ばしいので,継続していきたい。 ちなみに,「サンガ岩手」の吉田律子住職もお母さんたちの物づくりで,名前を変えて「がんばるゾウ」など被災地の生活自立支援をされている。内職材料支縁も,ひとりひとりと向き合い,今を生きることと支え合いの確認となろう。

「まけないぞう」完成品

 ちょうど集合場所である渡波のセブンイレブンには,「路上で生活をしている人」がいた。大阪鴻池出身で,宝塚市小浜を経て,6年田町駅で過ごしてから徒歩4日で流れ着いた田口政夫さん[1941年3月7日生](73歳)である。震災前に渡波に来たが,3.11の時は仙台にいた。参加者は,極寒で家もなく,生きている方にも見下したりすることなく,共に生きるひとりとして人格の触れ合いをする。すべり台社会から,自分から転がり落ちて,流浪となったのではない。いすとりゲームのように,努力しても社会からはじき出される人もいる。2007年,夕張メロンで有名であった夕張市が破産宣告をしたように,消費税があがったら,次は自分たちの石巻もそうなるとこぼす住民たちがおられる。ゴーストタウンになったり,震災失業によって生活していくことがおぼつかないわけである。そんな地域になぜよりにもよって,遠い厳寒の石巻に来られたのだろうか。都会の疎外,機械化,無縁社会より,住みやすいのが東北人の優しさではなかろうか。痛みつけられた人,生きていく手段が奪われている人,だれからも疎んじられる人と共に生きて行くかけがえのない体験活動がボランティアのひとつであろう。中には,別れ際に持っているカイロを惜しみなく差し出しているメンバーもいた。凍死しないように祈る気持に,いつまでもバスに手を振っているスカートをはいている田口さんの笑顔が印象的である。むしろ私たち一行の方が与えられたことの方が大きいのではないだろうか。

 見渡す白い世界
 汚れも,しみもない。
 聖さの中に,愛に満ちた笑顔の野宿者
 せかせかと能率を追い求める 虚偽の闇と
 無縁のまっすぐに伸びた樫の木
 出合いにより,命の水を得た。
 ありがとうございます。
                          (2014年2月18日午後4時 渡波にて)

2月19日(水)
 
 帰路も通行止めに遭遇せずに,予定通りに全員,JR朝霧駅に着いた。石巻のたくさんの人々のご好意,熱い歓迎,つながりをひとりびとり反芻しながら,解散した。中には,石巻市長の夫人からも高級ないちごを参加者みんなにいただいたりもした。何もしていないグループに有り余るお気遣いをいただき,穴があったら入りたい思いである。これまでの機構のボランティア参加者たちに対するしるしなのだと思うと,36回にわたり,ご参加くださったすべてのボランティアの皆さまの取り組んだ足跡に頭が下がる。東北ボランティアの活動プログラム,リーダーシップ,ゲレンデは若者たちが五感を豊かに用いる「創造力」に基づいている。創造力と想像力は異なる。後者は体験や,知識,材料があって可能である。一方,創造力は無から有を生じるようにまったく白いキャンバスに何かを産み出していくように経験,知識がないところから生まれる。今後も最大の被災地である石巻の人々,とりわけ渡波の地域とのつながりを大切にし,机の上の想像力ではなく,実践を深めていこう。制度,組織の取り決め,マニュアルよりも,失敗を恐れず,まず行動することが若さの魅力であろう。

 明石市にお住まいの楠元留美子さんも事務局が近いので,季刊誌「支縁」などの発送の手伝いをしてくださると申し出てくださり,感謝でいっぱいである。すぐにメールをいただいた中野彰太さん(関西学院大学)や漣博司さんは釜ヶ崎のボランティアにも関心があるようなので,今後,機構の活動を一緒にできれば心強い。

☆┃あ ┃り┃が┃と┃う┃☆┃
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今朝 無事に山口に着きました。
この度は ボランティアでは 大変お世話になりました。
とても貴重な経験ができたこと 幸せに思います。
私は 雪かきをする中で 仮設住宅に住まわれている方々とのふれあいもでき とても貴重なお話も聞くことができました。
東北の方々の温かさを改めて感じることもできました。
また 時間がある時に ぜひ参加させていただきたいと思います。
これからもご活躍をお祈りいたします。
ありがとうございました。
リーダーや,栫運転手にも よろしくお伝え下さい。
                                                         山本優美

お疲れ様でした。
今回のボランティアを通して、
人の温かさ、強さを感じたと同時に、
メディアからの情報と実情との相違を知ったり、
また自分の無力感を実感しました。
被災地での課題はまだたくさんありますし、
近い将来でも、また災害が起こる可能性さえあることを再認識して、
これから市民のために働く立場として、
今自分に何ができるか、何をしなければいけないのかをしっかり考えていこうと思います。
短い時間ではありましたが、自分にとっては大きな時間となりました。
ただ今回のボランティアで満足せず、機会があれば参加していこうと思います。
またの再会を楽しみにしております。
それでは、また会う日までお元気で。 
                                            石野将太