炊き出し 東遊園地(神戸市役所隣)
毎週木曜日 一回も休まず

炊き出し

雪の降る東遊園地(神戸市中央区市役所南隣) 手前 楠元留美子班長 2014年1月1日

神戸国際支縁機構の炊き出し 

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九州北部豪雨炊き出しボランティア 2017年7月7日~
「石の叫びに敏感であろう」 2017年6月14日 宮城学院女子大学
熊本・大分地震 2016年4月14日~ 熊本県上益城郡益城町愛児園
「キリスト教とボランティア道―水平の<運動>から,垂直の<活動>に―」 2016年5月1日 東京大学
丹波水害 2014年8月29日 兵庫県市島 

東北ボランティアがきっかけ                    楠元留美子記

 2014年2月,宮城県石巻市渡波に第36次東北ボランティアが赴いている際,路上生活者の田口政夫さん[1941年3月7日生]にお出合いしました。まだ冷気が膚に痛い頃でした。住む家がなく,定職もなく,収入もないことが外観からすぐわかります。外気温の低さ,雪がある中でどうやって生き延びているか驚きでした。お会いした方は柔和なお人柄でした。決して,物乞いするような態度はなく,寒い中でも姿勢よく,さわやかな笑顔でした。
 参加者の多くは学生でしたが,みんなに代表からカイロなどのゆとりを問われると一斉に順番に接しました。
 阪神・淡路大震災以降,ご飯が食べられなくなった人たちが神戸市三宮の市役所隣の東遊園地にいるとのことです。機構と二人三脚で弱者に仕える新生田川共生会の有川善雄代表は2013年7月になくなられ,炊き出しが中断していました。炊き出しをする後継者がいないのです。路上生活者にお会いしたメンバーたち,中野彰太さん,坂本圭子さんが神戸に戻って,炊き出しをしたいという希望を発しました。ボランティアから帰り,事務局に集まってほしいとの連絡に休日でもあったので,なんとなく出席してみると,炊き出しをするかどうかの真剣な話し合いでした。調理の資格のある私にみなさんの期待の視線があり,断れない雰囲気です。どのように食材を集め,どこでだれが調理をすべきか,まったくゼロからの取り組みです。

資金ゼロからの出発

 米,食材などの調達,調理場所は代表が引き受ける条件で,いつしか,調理は担当させていただくようになっていました。お金のない機構に,「阪神宗教者の会」の西福寺,玉龍寺,釜ヶ崎の川浪剛僧侶のところから不思議な方法で備えられました。

20140405川浪 剛氏と

川浪剛僧侶から食材を釜ヶ崎で受け取る 2014年4月5日

 調理場所も神戸フィラデルフィヤ教会(大嶋善直協力牧師,金起賢牧師&李永蘭先生ご夫妻)の2階を使用する契約が交付できました。それも無料です。なにもかもが人間の業とは思えませんでした。
 後藤由美子僧侶や,横山豊宥住職たちからの寛大な米提供,フードバンク関西の協力も大きな後ろ盾になっています。機構の「耕支縁」(神戸市西区友清)の新鮮な無農薬,有機の野菜類が岸本豊さんから補充されています。
 2014年3月機構の本田哲郎理事が二回目に集まった有志たちに助言をくださいました。「炊き出しする側にではなく,炊き出しを受けねばならない側に,キリストはおられる」の言葉はどういう意味かすぐにはわかりませんでした。

本田哲郎氏から励まし

右端 本田哲郎理事 2014年3月29日

炊き出し開始

 2014年4月17日,はじめて機構の大鍋に吸い物,弁当を抱えて,ハイエースで東遊園地に持っていきました。気さくなTさん,Oさんたちと毎週お会いするようになります。
 戸惑いと,たくさんの不安を抱えながら、恐る恐る、でも、一方では、~どうにかなるさ!~という楽観も、少々、持ちつつ、毎週木曜日の~炊き出し~は、始まったのです。
 いつも、何か時間に、追われてるかのようなAさん,神戸のメインロードのフラワーロードを横目に見ながら、簡易ベッドに横になり、柵には、温度計を吊るし、夏には、自身と、二匹の親子の愛猫の為、蚊取り線香を焚くBさんは、博学で、読書好き。廃品回収の~目利き~で、生計を立てているそうです。
 驚くべき論客で博学の礼儀正しいCさん,いつも、一緒に待っていて下さるDさん、沖縄出身のFさんには、猛烈台風の情報や、南国の果物のことを教えていただきました。

20160331炊き出し

炊き出しを「共食」するなかま 2016年3月31日

20150122炊き出し松本裕之

一番手前 松本裕之さん(第25次東北ボランティア参加)も加古川からかけつける。

ボランティア道の母 岩村カヨ子 Kayoko Iwamura

岩村カヨ子夫人 炊き出し 季刊誌『支縁』No.15(2頁 神戸国際支縁機構発行 2016年5月)。Kayoko Iwamura

 “岩村カヨ子夫人も交えてみんなで寒風の東遊園地で,ハッピーバースデートゥーユーと手拍子を打ちながら光景は今でもくっきり残る場面です。“ 楠元留美子記。2014年12月25日。