「マザー・テレサ」の心が日本に流れるとき

おもて

 映画上映  神戸文化ホール

 阪神淡路大震災から10年が経過した今も、震災で家族や財産、職を失った人々の心はいやされていない。
かつて神戸は魅力的な街として,日本でもっとも裕福な地域のひとつであった。
 モノをたよりに生きていくことが音を立てて崩れた。
マザー・テレサの生涯,1981年に来日し,日本人が失っていた大切な心を語ったが,神戸の私たちは聞く耳をもっていなかった。阪神淡路大震災を通して,モノが豊かであればしあわせという価値観の日本に衝撃を与えた。
 被災を経験したときにマザー・テレサの言葉にハッとさせられた。時はすでに遅かった。しかし,ボランティア元年として全国から140万人の若者が被災地にやってきた。テレサの言葉が日本でも実を結ぶ証明になったことは救いであった。
 今,日本は,三組に一組の離婚,年間三万人を越える自殺大国、若者の道徳の荒廃、殺人がなぜいけないか即座に答えられない日本の風潮。もしマザー・テレサが生きてここにいるなら何を語るだろうか。
テレサが話すことに拝金主義の人々はどんな反応をするだろうか。

 路上で死にそうになっている人を連れてきて,最期をみとるための施設「死を待つ人々の家」(Home for Sick and Dying Destitutes)を開設したとき,インドの人々は反対ののろしをあげた。地元住民は強く反発した。どうせ死ぬのだからと,ひややかな態度をとる人たちもいた。テレサはめげなかった。
 「恵まれない人々にとって必要なのは多くの場合,金や物ではない。世の中で誰かに必要とされているという意識なのです。見捨てられて死を待つだけの人々に対し,自分のことを気にかけてくれた人間もいたと実感させることこそが,愛を教えることなのです。」とマザー・テレサは語った。
 たとえ,地域,国民から嘲笑されても,日本の将来のためのヴィジョンと愛を実践する勇気が必要な時であろう。
この映画が,お金こそがすべてだと考える人,行政関係者やマスコミともいっしょにみんなが考えるきっかけになればと願う。

「マザー・テレサ」上映推進委員 岩村義雄

マザー・テレサ新聞記事060715

  毎日新聞,産経新聞,朝日新聞より

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