2026年1月5日 / 最終更新日時 : 2026年1月5日 kisokobe 上田 進 カレンダー カレンダーに追加 Timely カレンダーに追加 Google に追加 Outlook に追加 Apple カレンダーに追加 他のカレンダーに追加 XML ファイルとしてエクスポート 日時: 2026年1月4日 @ 10:00 AM – 12:00 PM 2026-01-04T10:00:00+09:00 2026-01-04T12:00:00+09:00 FacebookXHatenaPocketCopy “上田 進” に対して1件のコメントがあります。 上田 進 より: 2026年1月7日 2:02 PM 頌主。上田です。先日(1/4)の礼拝に出席させていただきありがとうございました。「福祉」についてお話をする機会を与えてくださりありがとうございました。しかし、「まとまりのないおしゃべり」になってしまい、失礼しました。また、言葉に非礼があったのではないかと思い、恐縮しています。過日(12/21)も「宗教(旧統一教会の件を含む)」が話題になりました。東北学院大学の浅見定雄教授(だけではありませんが)が略称「統一教会」を告発したのは約40年前です。例えば『統一教会=原理運動』日本キリスト教団出版局1987年発行、その後、『「日本人を考える」偽預言者に心せよ』晩聲社1989年、『新宗教と日本人』晩聲社1994年、『なぜカルト宗教は生まれるのか』日本キリスト教団出版局1997年を上梓しておられます。少し時代が飛びますが、例のオウム真理教事件を受けて森岡正博氏は『宗教なき時代を生きるために』法蔵館2019年において、おそらくは「人間であることの意味を問う」観点(これはユマニスト(ヒューマニスト)・エラスムスに「姿勢」として通じる面があるように思われます)から、「絶対的真理を説く宗教」又は「信仰」を自分には受け入れがたいものとして否定的に批判しています。これは、多くの日本人に共通するメンタリティであると思われます。なお、「批判」も「評価」も言葉としてはそれ自体中立的であるはずですが、世の中、前者は「否定的」、後者は「肯定的」に用いられています。それはともかく、日本社会における「宗教」の意義、そして又、「なぜキリスト教か」は、自分にとって避けることができない課題であると思っています。また、楽しく!対話をさせてください。ありがとうございました。栄光在主。 返信 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト
頌主。上田です。先日(1/4)の礼拝に出席させていただきありがとうございました。「福祉」についてお話をする機会を与えてくださりありがとうございました。しかし、「まとまりのないおしゃべり」になってしまい、失礼しました。また、言葉に非礼があったのではないかと思い、恐縮しています。過日(12/21)も「宗教(旧統一教会の件を含む)」が話題になりました。東北学院大学の浅見定雄教授(だけではありませんが)が略称「統一教会」を告発したのは約40年前です。例えば『統一教会=原理運動』日本キリスト教団出版局1987年発行、その後、『「日本人を考える」偽預言者に心せよ』晩聲社1989年、『新宗教と日本人』晩聲社1994年、『なぜカルト宗教は生まれるのか』日本キリスト教団出版局1997年を上梓しておられます。少し時代が飛びますが、例のオウム真理教事件を受けて森岡正博氏は『宗教なき時代を生きるために』法蔵館2019年において、おそらくは「人間であることの意味を問う」観点(これはユマニスト(ヒューマニスト)・エラスムスに「姿勢」として通じる面があるように思われます)から、「絶対的真理を説く宗教」又は「信仰」を自分には受け入れがたいものとして否定的に批判しています。これは、多くの日本人に共通するメンタリティであると思われます。なお、「批判」も「評価」も言葉としてはそれ自体中立的であるはずですが、世の中、前者は「否定的」、後者は「肯定的」に用いられています。それはともかく、日本社会における「宗教」の意義、そして又、「なぜキリスト教か」は、自分にとって避けることができない課題であると思っています。また、楽しく!対話をさせてください。ありがとうございました。栄光在主。