第50次東北ボランティア

 阪神・淡路大震災から20年目,東日本大震災から4年目の3.11
を最大の被災面積であった宮城県石巻市渡波に向かう。
 直前に風邪のため,村上リーダーは休養をとることにする。
 ボランティアだけではないけれど,準備が8割であり,村上裕隆
事務局員は,献身的に,ボランティア保険申請,宿舎手配,車輌
点検などを怠らず,万全に備えていた。JR朝霧駅で参加者たちに
道中の気をつけるポイントについて村上リーダーはオリエンテー
ションをした。

 11万キロを4年間で走破しているといえども,天気予報では高速
道路が雪のため寸断されるとの可能性を耳にすると,緊張する。

 猛烈低気圧で大荒れの予徴がある。気象庁によると10日午前1時
14分には瞬間最大風速33.2メートルを観測している。(石巻日日新
聞 2015年3月10日付)。

  女川冠水   女川倒壊したビル
  冠水国道398号線 4年前の津波によって倒壊したままの女川のビル

 通行止めはなく,スムーズに予定時刻より早めに石巻市門脇小学
校前に到着。車を降りると,外は風は強く,関西と異なる寒さ。
西光寺の樋口伸生(無量寿庵)住職が一行を待っていて迎える。

門脇小学校前
左端
 樋口伸生住職,林 茉佑さん,森 花梨さん,仁科蒼太さん,福冨充さん

 村上リーダーに代わって,森 花梨さん(大学2年生)が交通費徴収,
宿舎,各班長の連絡をてきばきとこなしていく。たのもしい。責任
感が強く,安心して委ねるリーダーである。東北ボランティアだけ
でなく,丹波水害にも参加しており,他者のために生きる心構えが
しっかりしている。参加者の希望に従い,農ボランティア班,漁ボ
ランティア班,環境整備,傾聴ボランティアの4つに分かれる。
 石巻森林組合に立ち寄ると,鈴木健一組合
長,大内伸之事業部長
が一行を見送ってくださった。


 森花梨班長の報告

 今回は2015年3月9日~12日の4日間にわたり宮城県石巻市に訪
れました。私は去年の8月の42次にも参加させていただき,今回で
2回目の訪問となります。
 3月11日を挟む日程で石巻を訪れ, 14時46分には黙祷と共に現
地の追悼式にも参列させて頂き,また去年の夏には知れなかった現
実や感情を知り,とても考え深いものとなりました。
 まる4年を迎えた今年。考えている以上にやはり復興は進んでおら
ず,女川町の原発に関しては危険区域も規制も広がる一方。ゼネコ
ンの利益のための地元の方は望んでいない道路や意味のない防波堤
の工事ばかりが次々に始まり,必要な復興は進んでない現実。オリ
ンピックに工事の人員や国の資金が優先され,今一番必要とされて
いるはずの復興がどんどん後回しになる現実。現地を訪れるたびに
たくさんの現実を知りますが,国の政策の見直しや一人ひとりが自
然災害を明日は我が身と真剣に考えることの大切さを改めて考えさ
せられました。

 活動第1日目の午前中には門脇小学校の前で西光寺の副住職の方
のお話を聞きました。門脇小学校で避難時に起きた車の炎上,避難
所で起きる人間の甘さ,家族の死を目の前にした残された家族の精
神的苦痛,カウンセリングの実態。今回のこのようなお話の中で私
が一番印象に残ったのは,カウンセリングのお話でした。震災から
4年たった今,ある育英会の上の方の方がやっと被災地を訪れ子供
を失った母親達に対しカウンセリングを行いに来られたそうです。
しかし,そこで行われたカウンセリングは如何にも学校で習うよう
な形式的な物でしかなく,子供を失った被災者の方々に対し「お子
さんを失った悲しみはそろそろ忘れて,前を向きましょう」と言っ
たそうです。震災が起きて4年後にたった一回被災地を訪れだけなの
にもかかわらず,被災者の方の気持ちに寄り添うこともなく,発せ
られたその言葉に私は衝撃を受けました。普段子供たちのきもちに
一番寄り添う仕事をしているはずの方々でもそのような言葉を発し
てしまう現在の教育のあり方をとても考えました。被災地でも避難
場所でも学歴が優秀な人が役に立つわけではなく,相手の全てを理
解できなくても,少しでも理解できるように自分が努力することの
大切さ,そのようなことを考えさせられた気がします。

初日午後沿道ボランティア

 午後からは,神戸国際支縁機構を応援してくださっている木村褜治
さんと共に沿道のボランティアを行いました。強風の中でしたが,道
沿いに木村さんが土を耕し,マルチにかけておられた所に鎌で穴を開
け,土を掘り,肥料を加えながら,芝桜の苗を植えていきました。

     第50次沿道ボランティア

 夏のボランティアでは芝桜の間の草抜きをさせていただいたので植物
の成長と共に,被災地での時間の流れを実感したような気がしました。
今年,この花々が咲く頃にはもう一度石巻に来たいと強く思いました。

 第2日目は,朝から沿道・農業・養殖・傾聴の4つのパートに分かれて
それぞれ活動しました。私は,参加者の髙田綾平君,仁科蒼太君ととも
に養殖のボランティアをさせて頂きました。この日は,3.11からまる4
年という追悼の日で海には一艘の船も出さないと決められているそうで
す。その為,私達は海苔の養殖を行っている阿部正春さんの現場で,出
来上がった海苔を販売できる形に包装する作業をさせて頂きました。焼
き海苔・味海苔・刻み海苔・干し黒海苔などたくさんの種類の海苔を包
装して行きました。

     第50次養殖のり

 また,2時半から近くの洞源院というお寺で追悼式が行われ,私達3
人も参列させて頂きました。今までに感じたことがない被災地の方々
から言葉に表せられないほど様々な感情をものすごく感じた気がしま
す。様々な世代の地域の方が集まり,それぞれの震災に対する思いが
伝わってきて本当にたくさんのことを感じ,考えさせられました。こ
の場に立ち会えたことで本当に大切な時間を過ごさせて頂けました。

 今回は強風や吹雪など悪天候が続き,活動が思うようにできなかった
部分もありました。しかし,やはり一人ひとりが現地で行えることは
ほんとに微力だと感じました。
 しかし,何度も現地を訪れその時にできる精一杯の活動を全力で行い,
現地で得た情報を地元に持ち帰り,家族や周りの人達に伝え,自分にも
1分,1秒後には起こりうることかもしれないという危機感を持ち,自分
の事としてしっかり考えていくことで現地でできることは微力かもしれ
ませんが,自分のこれから生きていく上で必ず重要な何かを得られる気
がしました。

 今回の50次でも改めて自分自身の視野を広げることができ,今までの
考え方を180度変えられるほどのたくさんの衝撃や現実を知ることがで
きました。西日本でも10年以内に南海トラフ地震が来ると言われており,
四国は全壊するかもしれないとの予測もされています。もしかすると1秒
後にはそうなっているかもしれないという意識を常に持ち,そうなった
時にどう動けば良いのか自分の事として常に考えていきたいと思います。

 また最後になりましたが,50次でもたくさんの素晴らしい出逢いがた
くさんありました。このような機会を下さった代表をはじめとする神戸
国際支縁機構のみなさんには本当に感謝するばかりです,ありがとうご
ざいました。また是非参加させて頂きたいと思います。

第50次修空館にて

   宿舎の外は雪景色。

 養蚕

  農ボランティア班 養蚕の桑の木剪定 4年前津波で弟さんを失った阿部勝さん