湊町倒壊した家屋

  古川直子さんが阪神・淡路大震災と異なり,まだ倒壊した住居があることにがく然 湊町(2014年5月20日)

門脇町

 新興住宅地域であったのが,荒涼としている門脇町,南浜町

 岩村代表、村上リーダー様

 この間は大変お世話になり、ありがとうございました。 感想を書いた原稿を送ります。

 現地に到着して2日目の午後、石巻市内の仮設住宅へ行き傾聴ボランティアをしてきました。仮設住宅に到着し、一人で不安になりましたが、1号棟1号室から順番に訪問しました。  私は現在、社会福祉士の資格を取得するために勉強中で、「傾聴」についても理解していたつもりだったのですが、実際に被災者の方を目の前にするとまずどう声をかけていいのかわかりませんでした。空き家や不在のお宅が多かったのですが、自分なりに考えた言葉をかけて、18号棟12号室まで訪問しました。玄関まで出て来てくださった方のほとんどは、私が神戸から来たと言うと「大丈夫ですよ。」と返してくれました。会話というものができたのは、10人もいなかったぐらいですが、今の被災地の状況を知らない私にとって貴重な話をうかがうことができました。この仮設住宅で生活されているのは、震災以前女川町に住んでいた方々でした。そして、仮設住宅は気をつかうこと、住み慣れた女川町へ早く帰りたいことなどを聴きました。まだ土地の整備や住宅の建設が進んでおらず、いつ帰れるのかわからない先の見えない不安を抱えながら生活されていたのでした。  後で岩村代表とこの振り返りをした時、私にもっと傾聴の技術があればより多くの方にしんどい気持ちを話してもらえたのではないかと反省しました。反省点はありましたが、この2日間でたくさんの方々と出会えて貴重な体験ができました。
  みなさんありがとうございました。

 以上ですが、長くなってしまったので編集してもらっていいです。このような機会を与えていただき感謝しています。また、お金と時間の都合がつけば参加したいと思っています。 本当にありがとうございました。

櫻井 由里子

石巻市における三回目の田植え

際前

田植えのため,渡波の際前で準備 亀山繁氏が寛大に機構に提供し,代掻きをしてくださっていた

 大崎市の千葉富夫氏から苗ポット(@700円×15)を購入,片道約1時間半かけて,運搬して13時半からの田植えに備える。農協経由だとネオニコチノイド系農薬が苗にあるので,無農薬,有機での栽培をするため,隣りのNPO田んぼ紹介の農家に稲の苗を5月19日から逆算して作っていただいておいた。
 田んぼの所有者亀山繁氏が機構が田植えをしやすいように,代掻きをしてくださっていたのに,みんなで感謝する。
 安全な米を全量,秋11月24日の「田・山・湾の復活」収穫祭(渡波地区振興協議会吉野 雄一 会長主催)に提供する。

田植え用意

 田植えは手で植える。高額な機械購入による農業だと,若者たちは就農し,生活していくことができない。コンバインなど農機械だけで少なくとも2千万円は要する。修理代,維持費を考えると専業ではやっていけない。したがって,機構では,はじめは自産自消 「自分で作って,自分で食べる(消費する)」しながら,おいしい,安全な宮城県のブランド米を作っていく。耕支縁(こうしえん)米である。
 地元記者二人が取材。石巻日日新聞,牡鹿新聞に田植えの様子が掲載される。

 田植え

 機械で真っ直ぐに植えるのと異なり,手で植えるため,いつしかゆがんでくるのを防ぐため,ビニール紐による目安に従って,深くもなく,浅くもなく30㎝間隔で植える。反収あたりの大量収穫の場合,間隔を狭めるが,機構は立派な稲穂にするため,あえて間を充分とる。

田植え終了

 田植えを半日で仕上げる。

 翌朝,5月20日,保原政美さんが親切に水田に水が充分供給されるように,機構の鍬で用水溝で汗を流してくださった。第9次(2012年1月17日)でお会いして以来,2年ぶりである。地域の人たちの温情に感謝である。