12月の寒い時に,第8次,第26次に参加されたヨガのインストラクター井奥真代さんが,同僚のインストラクターと共に参加された。ダイハツ勤務の北中りさささんも仕事の休暇をとり,合流。

 はじめて玉の肌石鹸株式会社提供のハイエースで向かいます。北陸自動車道は雪が多いかもしれないと,敬遠して,中央自動車道で行きます。神戸とは異なり,東北に近づくにつれ,雪景色です。さいわいにして,幹線道路は凍結防止など道路公団がよく管理しています。安全速度を維持していきます。
 足元には新車のペーパーが置いてありましたが,サービスエリヤの小休憩ごとに雪で
踏みしめるため,無用になりました。

 三陸道の通勤渋滞にぶつかり,予定より大幅に遅れました。多忙な樋口伸生氏が京都の大学から帰っている娘さんと奥さま,また政木かつ子さんのもてなしで温かい部屋で震災時の体験を聞きました。

 阿部捷一支所長のところや,佐藤金一郎ご夫妻にも温かく歓迎されます。いつものことながら,自分の実家に帰っている思いにさせられます。

 午後から作業にかかります。養蚕に従事します。かいこを育てているのは石巻市では二軒だけになってしまいました。輸出して外貨を稼ぐ筆頭であった生糸は,化繊の発達により,高級すぎるイメージなのか,大量輸出にむかなくなりました。

 傾聴ボランティアの方は,村上安世さんが渡波町2丁目の後藤吉雄さんの家に二日間,ヘルパーとして奉仕しました。後藤さんご夫妻から,大きなかつおをいただきました。

第34次養蚕

農作業

新しいハイエース前で

ニュース博物館「石巻ニューゼ」

報告

岩村先生

 先日はお世話になりました。ご連絡頂いているにもかかわらず,レポートが遅くなり申し訳ありません。 

 神戸国際支縁機構からボランティア活動に参加させて頂くのは今回で3回目でしたが,毎回新しい体験をさせて頂いたり,初対面の方にお会いさせて頂いたり,機会を与えてくださり感謝しています。 

 西光寺のご住職さんとは初対面でしたが,気さくに迎えてくださり,大切な人を一瞬で失い,3年近くたった今でも毎日寂しさと会いたい気持ちで苦しんでいらっしゃる被災者の方々の現状と震災当日の模様を生々しく語ってくださいました。恐らく何度も同じ話をされてきたでしょうし,今回は少人数であったにもかかわらず,ただ伝えようとしてくださっている姿勢に熱いものを感じました。

 「逃げよう!」と真っ先に高台に走った人と,その隣にいても「この前もたいしたことなかったし,大丈夫でしょ」とお菓子を食べてのんびりと構えている人。同じ時間に同じ場所にいても,判断ひとつで運命が真っ二つに分かれてしまう,とのことでした。

 石巻に降り立つとイオンや家電量販店やチェーン飲食店等が目立ち,一見復興したように見えてしまいます。しかし,被災者の方は簡単に癒えることのない深い傷を負って目に見えない苦しみや悲しみを抱えて毎日なんとか生活していることは現地に行かないとわかりません。その心の傷を癒やそうとする余り,カウンセラーからは精神病のように扱われたりしてしまうということがショックでした。本当は寄り添って話を聞くだけで充分であるのに。

 このような,現地の生身の姿を知る機会を頂き,とても貴重な経験をさせて頂きました。ありがとうございました。

 もう一つ,今回初めて石巻日日新聞の石巻ニューゼを訪ねて,実際に被災された谷川智香子さんからお話を聞くことが出来ました。震災直後に手書きで壁新聞を発行し,混乱した被災地に現状の情報を提供し続けた新聞記者の方達。本人達も家族や友人がいて大変な状況の中,新聞記者としての使命を果たされたこと,人の為に尽くした行動力,その状況で自分だったらどういう判断をし,行動していたか。全く想像もつきません。

 智香子さんの住んでいた松原町の家族について,少しだけでも思い出すのも辛いことであろうに私達にただただ真実を伝えてくださいました。ご近所さんや知り合いに不幸はあったが本人やその家族が助かった話は前回渡波地区で傾聴ボランティアの際に聞かせて頂いたことはありましたが,ご本人のご家族の犠牲になったという身近な方の経験を聞かせて頂いたのは初めてでしたので,聞いていて震える思いがしました。

 また,以前訪れたのは6ヶ月も前にも関わらず,阿部捷一先生や小野寺脩館長先生も顔を覚えてくださっていて,遠い東北にもまた会えて喜んでくださる人がいると思うと本当に嬉しかったです。 

 そして,私達が石巻の皆さんを支えたり助けになりたいと思っているのに,逆に訪問場所で思いもかけず差し入れを頂き,大変恐縮であり,同時に本当に有難く気持ちがとても嬉しかったです。これもすべて,毎月欠かさず東北の地を訪れている神戸国際支縁機構の地道な活動の結果だと思います。私は3度しか参加していないですが,築き上げられてきた関係性には本当に頭が下がります。 

 関西に戻ってすぐにレポートを提出すべきが遅くなりました。乱筆につき,読みにくい箇所もあるかと思います。申し訳ありません。

 修正しながら読み返したいところですが,明日のミーティングで使われるということですので,取り急ぎお送り致します。よろしくお願いします。

来年もよろしくお願いします。

よいお年をお迎えください(^^)                          

井奥真代

永井友美さんのレポート

 雪もちらつく寒さになりましたが,お元気でしょうか?
 東北ボランティアに参加させていただいた永井と申します。その節はお世話になりました。
 自身のブログに今回の体験を載せましたので,その分をレポートとしてお送りします。ご査収下さい。また,是非参加させて頂きたいと思っておりますので,どうぞ宜しくお願い致します。  

 2013/12/15~12/18 東北ボランティアに参加

 場所は宮城県石巻市です。あの津波被害が一番ひどかった地域です。

 高速を降りて見た町並みは,イオンや焼肉屋さんなど大きいチェーン店が所々に建っていて,復興が進んでいるように見えましたが,実際津波が来た土地に降り立って見た風景は,つぶれた車がまだ何台も川沿いにあったり,家は壁が壊れてシートで覆われていたり,お墓が壊れたままになっていたりと所々にまだその痛手が残っています。広々とした空き地にはかつては家がたくさん並んでいて町としてあった場所で,1件だけ壊されないまま建っていました。持ち主やその親戚が不明で壊せない状態だという。学校も見ると思い出すからとシートで隠されていました。

 そんな状況を聞き言葉が詰まる。テレビで見た津波の映像を思い出し,実際に目で見て身体で体験し被害にあった人々の恐怖,心へのショックは計り知れない…

 門脇小学校近くのお寺に行き住職さんにお話を伺いました。

 震災の2日前にも大きめの地震があり高台まで逃げたけど,津波は来なかったという。だから震災の日も津波は来ないだろうという人が多くいたらしく,学校まで逃げてきた人達に記者が「ここにいちゃだめだ,もっと高い所へ行こう」と皆に声を掛けたもののアイスやお菓子を食べながら車に残る人もいた。また,高台に逃げた人の中に上着を取りに戻ろうとする子供がいて,住職さんが「行くな,今戻ったらだめだ」と止めたという。

 住職さんは毎月被災者とお話をする時間を設けているそうです。病気や事故で亡くなったのでなく,災害によって愛する者を失った悲しみ,生き残った者にとって今も喪失感や孤独感が心を苦しめている。「会いたい」という思いが募る。だから生きてても意味がないと…その言葉を聞くたびに住職さんは,「あなたがこの人生を最後まで生きたら会えるが,途中で人生を断ち切ったらもう一度1からやりなおさないかんから,何としてでも生きなさい」と言い続けているという。住職さんは続けて「私は絶対に諦めません,私が諦めたらおわりですよ,諦めてなるものか」と強い決意をお話し下さりました。何度も何度も涙が目ににじみます。

 お寺を出た後は,住民の方や新聞記者のお話も聞かせていただきました。目に薄く涙を浮かべ「ありがたく家は残って補修して住んでいるが,石巻自体が地盤沈下していて絶対安心という保証もない,どこに建物が何軒建つという噂ばかりで一向に話が進まない,東京オリンピックが始まると更に復興が遅れてしまう,消費税も上がるのにどうやって生活したらいいのか…」と不安を抱えたまま生活されてるのに,私たちボランティアの参加者に元気で明るく「ご苦労さん」と常に声をかけてくれて,訪問先ごとに「持って行きなさい」と果物など分けて下さる心優しい姿に胸が熱くなり,ボランティアに行ってる私たちのほうが元気や勇気をもらったような気がしますが,被災者は明るくしながらも心の傷は癒えぬ日々を過ごしていらっしゃるのでお話を伺い共に寄り添うことが大事なんだなと思いました。そして今もなお仮設住宅で暮らしている方や津波の跡海水がたまり孤立していた町に今年の8月,ようやく電気が通った等…まだまだやらなくてはならないことがたくさんあります。

 ガンジーの言葉に「自然はときに残酷な暴力となって,人々に降りかかる。けれどもあらゆる出来事に意味があると考えるなら,わたしたちは自然の猛威からさえも,目をそらさずに何かを学び,救いの道をさぐるべきではないだろうか」とあります。2年9カ月経っていてもこのような現状である事に考えさせられ,1人でできる事はほんのわずかかもしれませんが,些細なことでも「行動」していくこと,風化しつつあるこの災害でたくさんの命が失われ,二度と同じことが起きないようこの教訓を後世に伝え続けていかなければならないと強く思います。

 「今」できる事からはじめてみよう。

 被災者が1日でも早く安心して暮らせる日が訪れますように…