活動記録
2013年8月1日(木)~21日(日) 

玉野光南(こうなん)高校サッカー部全国大会に勝ち残る 
東北勢と試合をするのは縁

 サッカー部はどうしても県大会で二位の屈辱を8年味わってきましたが,十一月十日,県選手権大会で名門作陽高を破り,優勝!全国へ!!

  本サッカー部員たちによると,東北ボランティアの厳しさが部員の意識を強めたと異口同音に語り,山陽新聞などで注目されています。

 第28次(八月一日~四日)に参加した玉野光南高等学校のサッカー部員三年生20名がJR朝霧駅前に集合。コンパクトに荷物をまとめています。大きなボストンバッグではなく,二つぐらいの部活動のバッグ に収納。山足悠太君が事前に部員たちと立派なカラー刷りパンフレット冊子を作って,持ち物を用意していました。イラクサマーワで自衛隊の中隊長で あった栫(かこい ルビ)さんがドライバーです。25名がひとつの家族になって向かいます。途中のサービスエリヤではご飯がおかわりできて三・四杯平らげたり,集合時間を厳守するきびきびした姿勢に励まされます。

 被災地に入ると,パノラマのように広がる南浜町,門脇町に参加者は唖然とします。
 体育会系のみんなも二年四ヵ月前の衝撃をフラッシュバックしているような面持ちです。自分たちはサッカーで協調精神があるけれど,天災に直面したら,一目散に我先に逃げるだろうか,それとも仲間を気づかうゆとりがあるだろうか,現実の厳しさをめいめいに想起させています。門脇小学校のグラウンドで,仲間との会話もとぎれ,自問しています。「どうなったんだろう。ここの子供たち…」と生徒たちの 遊具に見入っています。アルバムの変色した断片に釘付けになります。

     門脇小学校職員室

 湊中学校は解体直前です。表玄関とグラウンド側の停止したままの時刻が異なり,表玄関の方は午後二時四十六分の針から時は止まっています。第一波が襲い,天井以上の高さの津波が中二階の時計に 届いたのは午後三時五十二分です。三階以上は避難所でした。近隣の魚町,湊町の家屋は全滅 であり,児童生徒たちも自分の家族団らんは潰えてしまい,親しかった友の行方も分からず,寒さに 震えながら過ごしたことと思いを馳せます。

 防波堤が決壊した長浜幼稚園前に行くと,カルヤードの久松博美所長が防波堤建設について説明してくださり,皆で記念写真を撮ります。
 機構の神戸支所として,必ず最初に訪問し,ご挨拶する渡波三町目の阿部捷一氏はいつもののように語り部として説明。阪神・淡路大震災の時,まだ生まれていなかった世代に,東日本大震災の規模,恐ろしさの体験を語ってくださいます。二十五名が当時の様子に聞き入ります。続いて同じ通りの佐藤金一郎ご夫妻が迎え入れてくださいます。娘さんは英国に嫁いでおられ,かわいいお孫さんと里帰りをしておられたところでした。佐藤さんはバレー監督として導いてきたせいだろうか高校生たちの心をすぐに掴み,笑わせます。円熟した手品を披露し,タネまで教えます。晴美夫人も多人数にかかわらず紅茶を入れていただき,時間が経つのを忘れます。

佐藤金一郎氏のお孫さん はなちゃん

 第26次が取り組んだ田んぼアートを見に行きます。津田富士義,泰子ご夫妻が若者たちの元気の良さに目を白黒されています。船に乗っていた頃,入手した鯨の歯などを見て,高校生たちがドッと歓声をあげます。奥さんは植物栽培が得意であり,カサブランカの大輪が見事に咲いていました。

津田富士義,泰子ご夫妻

 はだしになって,田んぼアートの雑草抜きをします。驚いたことに,用水でどこにもつながっていないにもかかわらず,アメンボなどがいることです。目を凝らしてみると,ヤゴ,貝,糸トンボなどが生息しています。コウノトリのデザインになってきています。近くを通る散歩の人たちも楽しみしているそうです。第27次で山本智也・村上裕隆事務局員が施した「保田ぼかし」(無農薬,有機による乳酸菌こやし)が功を奏しています。

 作業後,津田さんのご自宅で足のどろを落とささせていただきます。昼,夜は地産地消のみやこの食事を味わいます。食欲旺盛なので特別メニューを阿部都さんが作ってくれ感謝でした。五班に分かれ,養殖班,沢田の沿道の手入れ,田んぼ,林業,傾聴ボランティアです。沢田地区の木村区長から桜芝が延々と続く街道の管理を機構にリクエストされています。阿部勝代表は田んぼの雑草刈りを希望され,地元の方たちに寄り添って仕えます。

  養殖班は南部武彦氏(46歳)が営む塩富町二丁目で,海苔の網の修理作業をします。中塚啓太君の報告では,炎天下に二十㍍の棚の上に網を載せ,端から端まで何度も走りながら作業します。体力がないとできません。

 

  森林組合の山下俊一氏に案内され,林業班は大川小学校近くのバットの森に向かいます。釜谷西宮山の市有林の一部約○・三ヘクタールです。神戸から備品である鎌などで取り組みます。地元の木村貞一氏(75歳)が苗木の種類について説明。大川小学校児童生徒が在学中に植樹したアオダモ,コナラ,クヌギなど近くの下草を刈り取ります。傾斜が激しく10分もすると汗だらだらです。大川小学校と言えば,3.11の際,七十四名の生徒,十名の教師が犠牲になりました。二○一一年七月の時も,現在もまだ遺体捜索をしています。親御さんにとってあまりにも悲劇が大きかった地域です。植栽した苗を管理するボランティアにも力が入ります。
 高校生たちは,作業を終えて,元気の湯でやっと入浴できる時も30分間のマラソン,宿舎でも逆立ち歩行など鍛錬に余念がありません。どこにそんな力が残っているのかとあきかえるほどです。宿舎では,代表と指相撲をしたり,笑い声が絶えず,さわやかな真のスポーツマンたちでした。

 炎天下,険しい急斜面で下草刈りの手入れをする玉野光南高校サッカー部員たち

続く