参加者                           敬称略(順不同)

 1. 岩村義雄
 2. 山本智也 リーダー
 3. 村上裕隆 スタッフ
 4. 勝村弘也 神戸松蔭女子学院大学教授
 5. 岡本かよ 鹿児島大学医学部4回生
 6. 宮 元輝   同志社大学商学部2回生
 7. 丸山洋平  〃
 8. 戸田和敬 関西大学経済学部1回生
 9. 岡本益幸 社会人
 10. 藤山翔大  高校3年生 4月以降,大学で社会リハビリテーション学部。
 11. 斉藤 潤   ボランティア活動 

 朝方には,零下6度になる石巻市渡波で,農・漁ボランティアに神戸からワゴン車二台で赴きました。
 一年で最も寒い時候。若者たちは持ち前の明るさと,積極的,果敢な精神で被災地の方々と共生しました。農ボランティア班は,がれき処理,雑草刈り,畦作りに専念。

 漁ボランティア班が前回の本田さんの所に立ち寄ると,漁関係者である若者二人が松島から立ち寄ってくれていました。海が吹雪いているせいで,海苔養殖の場所に船が出せないため,海苔の仕分けに仕えました。海苔を組合事務所の倉庫で品質検査をし,箱詰めする作業です。体育館ほどある清潔な倉庫です。検査官が目視で,等級を判断。「優」とかのラベルを貼ります。等級分けされた海苔3600枚を一箱にそろえて入れます。塩竈に搬送し,競売にかけられます。石巻専修大学生はアルバイトとして精を出していました。組合関係者はどうしたら,機構のように無料でするボランティアを集められるだろうかと,尋ねておられました。人手が足りないのです。

  仮設住宅の入口には,「ボランティア お断り」と書かれている場所もあります。テレビを見ていたり,くつろいでいるときに無思慮に訪問されることがあるからです。見回りについても,一度だけ,ひやかしのような訪問していると,被災者の心は開かれません。繰り返し訪ねることによって,家の方との関係が築かれ,やっと被災体験した時の心情,仕事場で羽振りが良かった時の生活などをぽつり,ぽつりと語られます。現実として,開北仮設住宅のお世話なさっている方が,11月以降,月に10人が自殺していることを報告されています。とりわけ1月に失業給付金が切れた後,震災失業している方々にどのように生きていくか大きな試練があります。働きたくても水産関係の仕事場は復興していないのです。なりふりかまわず,他の仕事に就きたくて,求職活動しても仕事がないのです。したがって,収入,貯金,保証がないづくめの生活に直面しています。わずかのお金があれば,アルコール,パチンコなどに溺れてしまい,現実の厳しさを忘れようとする仮設住宅の人々をどのようにケアするか,大きな課題があります。
 「明日(あすた)の事(ごと)ァ明日ァ一人(ひとん)で苦(く)うすどォ。その日の苦ぢァ,その日ばんでたくさんだ。」

 「まけないぞう」という内職を佐藤金一郎氏を通して,声をかけたりしています。月に4万~5万円の収入を確保することができます。見回りの方々は,生きる希望を失っている人々を訪問しています。神戸からのメッセージが書かれた手紙を各戸に届けることができるように石巻市社会福祉協議会の長谷川 響氏に委ねたりしました。

 今回も,石巻市渡波地域農業復興組合 阿部 勝代表や,阿部勝徳さんご夫妻から,山本智也君,村上裕隆君の二名が稲の栽培について,指導を受けることができました。さらに冬期湛水(たんすい)に水が満面に蓄えられています。微生物,ミジンコが活動を始めていますから,イトミミズ,ユスリカが育つなら,ガンカモ類が飛来するようになります。鳥の排泄物が貴重な天然肥料となり,無農薬,無肥料の米を栽培するようになります。雪や氷の下の水の中で生き物は息づいています。

本を読んだり,報道ニュースを見たり,聴いたりするのではなく,
「ひとりで,被災地に佇もう。そうすれば,何をすべきかわかる」

 宿泊施設は,一晩中,ストーブをつけ,眠りました。ある方は,寒かったようです。厳しい寒さ,ハードなボランティア,ある時は運転を経験したにもかかわらず,3月にも喜んで参加を願い出ている学生たちに励まされます。被災地の厳しい生活,未復興の悲惨さ,震災失業を目撃した若者たちの胸に去来するものは,大きな挑戦でした。自分だけがうまく行き通せればよいという立身出世,サバイバル,享楽の生き方とは異なる選択肢について,考えさせられるボランティアでした。

 2月19日(月)午後7時から,丹野一雄委員長のお宅で,第二回目の石巻刷新会議が開かれました。海の栄養素が渡波湾万石浦での牡蠣,海苔の生育に大きな影響があること。汚染されないためにどうするか。農地の農薬などを含んだ排水や,工場の廃液を塩素で薄める工程により,湾の潮が成長を妨げることのないようにしてほしいと意見が出ました。下水問題も課題です。
 次に,農地の排水ポンプ「宇田川排水農場」が現在,停止していますが,公的に処理しなければなりません。行政が介入しないと,埋設したり,万石浦に注ぐ水路の設計,ポンプの能力は解決できないと発言がありました。陳情もしているが,進展していないそうな。
 ポンプは,水利権とも関係する故に,地元が自分たちでエネルギーを確保するように立ち上がる必要があります。用水,排水,冠水について安定できていません。丹野清市会議員は,小水力発電の資料を出席者に配布。水量はなくても,落差があれば設置できるクリーンエネルギーでありますが,常時,水流があることが前提になります。目下,適切な設置場所として,通年,流れが維持できる候補地がすぐにみつからないので,継続審議になりました。
 林業としては,落葉樹であるクヌギなどの面積を拡大して,山林が鉄砲水などを起こさないような方向に取り組みだしています。やがては落ち葉の堆積から小生物が棲み,排泄物などの肥料によって,土壌がよくなり,清水を里山に流す水源地となることが見込まれます。
 石巻刷新会議としては,農林漁が一致して,交流を深め,相互に情報を交換し,どうすれば地域の活性化,若者たちに魅力のある石巻にするかを話し合っていくことになりました。

 昨年3月から地元で神戸からの一行を温かく迎え入れてくださっている阿部捷一氏は,農作業をしている場所をわざわざ探して,地元の名物,笹かまぼこを差し入れしてくださり,一同,感激しました。初めて口にした食感は,「ムッチャ,おいしいやん」と学生たちは砂漠でエメラルドを見つけたような喜びようでした。

  参加者のひとり丸山洋平君が作成したブログが,現地の印象を物語っていますので,ご覧ください。 

http://www.youtube.com/watch?v=NVis-q30-j8&sns=em

参加者 岡本 かよさんの感想文

 石巻市へ行って何よりも強く感じたこと、それは実際に自分の目で東北の現実を見ることの大切さだったと思います。映像では何度も何度も見た津波の爪跡でしたが、それが目の前に広がった瞬間のあの臨場感はきっと自分の目で見なければわかりません。あの瞬間、私は遺跡の中にでも迷い込んだのかと思いました。それくらい、浮世離れした空間に感じられました。被災地へ行かなければこの間隔を感じることはできなかったと思うと、本当に参加して良かったと思います。

 活動1日目は、農地の水路を掘るお手伝いをしました。作業中、今回お世話になった阿部さんと多くのことをお話させていただきました。津波があった日のこと、家族との連絡がとれたときのこと、復興における難題の数々…。私の想像をはるかに超える大変な経験をされているはずなのに、とても前向きに明るくお話を聞かせてくださいました。作業終了後には飲み物の差し入れを頂き、なんだかこちらが受け入れてもらっているような、そんな気がしました。

 活動2日目は、漁業復興のお手伝いに行きました。この日はあいにく海が荒れていたため、陸での作業を手伝うことになりました。ここでも、漁師の方々がいろんな話を聞かせてくれました。地震の当日のこと、それ以降の避難生活、今の思いなどです。また、海苔の出荷工場にお邪魔した際、家を建て替えたいが片付けなどに人手が足りずボランティアの人に手伝ってもらいたいがボランティアの人と繋がる手段が分からない、というお話も伺いました。被災地はまだまだ人手を必要としていることを教えていただける貴重なお話だったと思います。

 私は今回初めてボランティア活動に参加しましたが、岩村代表をはじめツアー参加者の皆さんが何かとお気遣いくださり、また被災地の皆さんが温かく歓迎して下さったお陰で、不安もなくとても有意義な活動をすることができました。被災地では、まだまだ支援の手を必要としています。私も、また東北にお邪魔しようと思います。
                                                         以上

 君の参加を待っています。