第三次農ボランティア報告 

 12月11日(日)午後4時に,兵庫県立農業高等学校にバスで参加する27人の高校生(二名の引率者別)を迎えに行った。

 

 最前列 左端は引率者 岡本武司さん 右端は引率者山﨑周造さん

 神戸国際支縁機構の7名,「釜ヶ崎支援機構(NPO釜ヶ崎)」の2名,合計38名が宮城県の田んぼ復興の農ボランティア活動に参加。

 

 12日(月)は,当初からの県農側の要望に従い,石巻市の被災地を視察。石巻市役所前に,神戸からの参加者を石巻市渡波地域農業復興組合代表の阿部勝さんが歓迎。

 阿部勝代表

 9ヵ月を経ていても,門脇町,魚町が壊滅状態であった光景にあぜんとしていた。初めての参加者のひとり長谷川千紗さんは語る。「すでに復興しているとばかり思っていたのに,あまりの無残さに涙してしまった」(聖和大学4年生22歳)。

宮城漁業組合事務所 長谷川千紗さん 兵庫県立農業高等学校作成のリース。

 農高生たちも固唾を呑んだ。

 

 毎月のように石巻市渡波でボランティアをしているリーダー山本智也さん(流通科学大学大学4年生22歳)も言う。「5年,10年経っても,市街地と異なり,このままでいいのだろうか。 復興面ばかり,報道されていて,3.11をもうすでに過去の事柄として忘れてしまっている。もっと感情移入をしなければならない。」

 

山本智也さんと井奥真代さん

 塩竃市の松島マリンゲートから船で31分,宿泊する施設「浦戸諸島開発総合研修センター」がある野々島に向かう。NPO田んぼの岩淵成紀代表が歓迎してくれる。

 

塩竈市浦戸諸島開発総合研修センター        船内 手前右 厚東克利さん

  塩竃市寒風沢島における田んぼでの作業は,主に,がれき処理と葦茂る田んぼの雑草刈りである。身長ほどに成長している葦(よし)を,かまで根本から切る。前浜はまだボランティアが入っていないところで,汗を流す。足元は水田なので,湿地の状態である。河川はなく,江戸時代から,天水で稲作をしていた島である。

 

 13日(火)には,兵庫県から県農の生徒たちが東北までわざわざボランティアに来るという情報に,岩手県立盛岡農業高等学校の千葉祐悦校長の勇断があった。高橋一男副校長と神戸の間でなんども連絡をとりあい,公欠という方法で生徒3名が引率者である牧一郎さんと共に来ることになっていた。しかし,海上アクセスのハプニングにもあったりした。寒風沢に訪問した。 

 

 左から4人目は,大和紗季さん(聖和大学4年生)。

 あいにく波浪警報で,海上タクシーが中断したため,定期船を利用したので,寒風沢の桟橋での短い交流となった。しかし,二校が固い友情の絆として,記念品を交換したりボランティアの手を休めて,被災を体験した地域の者たちの共有する場となった。再会を約束して別れた。 

海上保安庁勤務の濱川勝彦さん

 村上裕隆さん(21歳)は,「極寒を予想していたが,作業をしていると,ことのほか温かく,耳当てなどはなくてもよいほどであった」と語る。

県農生たちと,村上裕隆さん(右端)

 田んぼに乗り上がった船を10人がかりで移動したり,重労働に若者たちはだれひとり不満を漏らさず,取り組んだ。 がれきの中には自動車や,冷蔵庫などが散在していた。
 ボランティアが取り組んだ前浜からは,葦も,がれきもすべてなくなった。

 14日(水)には,予定通りの葦1590平方メートルを刈り取る作業を終えた。

 同日,石巻市役所を表敬訪問した機構代表に亀山紘市長は毎月のように阪神淡路大震災を体験した地域から若者たちがボランティアにやってくることに謝意を述べるとともに来春に神戸へ行くことを約束した。亀山さんは,津波で被害を受けた田んぼをどうするか良く研究していた。必ずしも除塩をしなくても,稲の生育には海のナトリウムや微量元素などがむしろ有益であることを述べた。学者市長としての造詣の深さに驚かされた。自然生態がどれほど大切か約半時間話し合う機会もあった。

 亀山紘市長と面談。    機構会計藤居遼さん    

 農高生たちは,異口同音に再び,東北でボランティアをしたいと語った。解散後15日(木)夕方には,梶達也さん(2年生)は友だちを誘い合って,来年に備えたいとメールを発信してくるほど,かけがえのない体験となったようだ。 

 県農にたどり着く時には,玉木崇久校長,安積俊之教頭たちをはじめ諸先生たちが一斉に迎え出て,親が自分の子供が無事に帰還したのを安堵したように喜んだ。 

 これを契機に,東北と兵庫を結ぶ若者たちの友情が継承されることを確信した。今回は参加できなかった本田寿久事務局長,農ボランティアを応援してくださった有川善雄さん[新生田川共生会代表],たくさんの石鹸を提供してくださった三木晴雄さん[ミヨシ石鹸株式会社社長],西福寺住職豊原大成さん[浄土真宗本願寺派前総長],坂井良行さん[高野山真言宗吉祥山西方院住職],中島信光牧師[塩屋キリスト教会],西上千栄子さん,小林美紗子さん,佐谷文子さん,池上敬三さん[神戸市市民参画推進局地域力強力推進課]たちのご協力がなければ実現しなかった。

 神戸からの若者たちを3月以降,温かく迎え入れてくださっている石巻森林組合鈴木健一代表理事組合長,宮城県漁業協同組合丹野一雄委員長,同組合阿部卓也石巻湾支所支所長,末永秀雄渡波町区長,石巻市役所の渋谷崇産業振興部農林課課長,同課佐藤一博さん,大澤善雄建設部道路課課長や,石巻市立鹿妻小学校清元吉行校長,三浦敏壽石巻稲井土地改良区理事長などのご協力があってボランティアができている。兵庫県立農業高等学校の生徒たちがつくったリースはこれからも東北と阪神間の復興の絆の記しとして,喜んでくださった。

 重労働にもかかわらず田んぼの復興のために,汗を流した高校生たちの真摯な姿勢,炊事などをこなしてくださった大学生たち,この度も長距離運転にもかかわらず安全に送迎できるようにしてくださった「釜ヶ崎支援機構(NPO釜ヶ崎)」の岩崎芳可さん,田中悦夫さんにも感謝したい。機構側でも厚東克利さんの運転の労苦にも頭が下がる。おかげでレンタカー三台も定刻までに返却できた。
 事故渋滞,ナビゲーションの指示通りでは全車両が違う場所に着いていたりした。波浪警報によって海上アクセスが不能なため,盛岡からの県農生たちとの交流が頓挫しそうになったこともあったが,万事,益とされたことは感謝な思いでいっぱいである。背後に,兵庫県立農業高等学校の諸先生たちの励ましや,祈りがあったことを確信している。
 毎回にわたり,「手をつなごう東北-兵庫」の励ましや,阪神淡路大震災の体験から2011年4月以降発足した「阪神宗教者の会」の協力も心強い。
 寒風沢では,宿舎である野々島と離れていることもあって地元の農家の方たちとゆっくりお話しの機会がなかったのは残念である。最後に,寒風沢の場所を選び,初日にご指導くださったNPO田んぼの岩淵成紀代表,二日目,三日目に交替して指示してくださった吉田善広さんにお礼を申し上げたい。