第3次バヌアツ・ボランティア報告

                      2017年4月3日~9日
                  「カヨ子基金」代表 岩村義雄

完全原稿 ⇒ 第3次バヌアツ・ボランティア報告

 神戸国際支縁機構国際部門は毎月初めに,海外の被災地へ赴きます。バヌアツは妻岩村カヨ子が末期がん,逝去のため,訪問が延びていました。
 エネルギッシュに勤勉に働くアジア諸国と異なり,最後の地上の楽園と言われているようにテンポがゆっくりです。金儲けのためにあくせく働く姿はありません。孤児のための施設を建造するにしても,工期を間に合わせるとか,計画通りに仕上げる切迫感も感じられません。おっとりした民族性。喧騒なオートバイや,すれすれに行き交う自動車のクラクションのシンフォニーの東南アジア諸国とは異なります。東南アジアのように,舗装した道路をなんの気兼ねもなく闊歩するニワトリ,犬,牛のいばった顔が見られません。なぜオセアニアはアジアと異なるのでしょうか。『風土 人間学的考察』(和辻哲郎[1889-1960])によると,日本文化の複合性は太古における他民族の渡来で文化が混ざったためではなく,熱帯性の台風も来れば寒帯並みの雪も降るという,日本列島の複合的な風土によって形作られた,と読み解かれています。

 ネパールも温帯モンスーンによる美しい山川,照葉樹林の落ち葉からにじみ出る清流と空気,肥沃な土に植物相と動物相が織りなす環境は豊かな産物をもたらしてきました1)。ネパールは日本と同じ多神教の国です。しかし,違いがあります。日本の「能」の筋書では、旅人が一夜の宿を乞うと必ず門前払いです。「一見さんお断り」なのです。日本では,道,乗り物,行く先々で初めての人と出会っても,「顔見知り」になるだけです。バヌアツ,ネパール,ベトナムは異なります。「友達」になるのです。ずっとこれからも人生の中で相手との関係を続けていきます。日本もネパールや,バヌアツ,ベトナムなどのように,JRや乗り物で出会う初対面でも家族のように受け入れ合うようになればいいなあ,と日本からの大学生達のボランティア参加者は思わせられます。

 ポートビラ空港に着いたら,アマンダさんが迎えに来られていました。彼女は孤児たちのために献身的な働きをしています。ジョン・エノク家に泊まるように急に持ちかけられました。乗り合いバスで到着した家は11人が2部屋で寝ています。子どもが多いのです。所狭しとすでに寝ている男の子たちがいました。タキフーという4歳の男の子の横に寝ることになります。汗でべとべとになっているまま,横になります。入浴という習慣はネパールと同様,ここでもありません。お手洗いをお借りしました。トイレットペーパーも備え付けられていません。ホームステイを申し出るなら,いくつかの条件があえばと考えるのが,日本人なら普通です。人様に迷惑をかけたくないありがた迷惑の意識が働きます。茶道の影響もあるでしょう。ところが,バヌアツではやさしさの方が先に出てしまうのです。「家に泊まって」,という言い出せない気兼ねなどありません。「郷に入れば郷に従え」です。

ジョン・エノク家

 風土が民族のアイデンティティを形づくるというのはひんぱんに海外に出かけて,人と交流していると消えて行きます。どんな地勢,気候,伝統があろうとも,人間の本質は同じです。四季折々の民族だけが繊細な感性を有しているというのは一義的な見方です。秋の虫の音を聞いて,花鳥風月を愛でる感性はすぐれた民族だけが有しているというのは独善です。オーケストラの交響曲を作曲する感性はかつて日本人にはなかったのです。
 ここバヌアツに来る途中,広州でトランジットしました。安い航空券を早くから入手すると,乗り換えが2回以上になります。おなじみの寝袋持参で,空港ではフロアに寝ます。

帰路,オーストラリアのブリスベーン空港にてフロアに寝る

 広州ははじめてです。乗り換えで,上海,成都,香港,北京,瀋陽など中国の超近代的な国際空港を見てきました。大都市広州には他にない魅力があります。中国だからと言って,ひとくくりに語ることはできません。たとえば,気質,観光地ズレしていない素朴さ,外国人に親切な表示など,広州ならではの特長があります。ベトナムと同じように,欧米の観光旅行者が多いのも頷けます。日本のメディアの中国敵視の報道からイメージする中国人と異なり,尊大な人にはほとんどと言っていいくらい出会いません。家族的なこと,初対面でもにこやかです。一方,世界共通でもありますが,空港の官吏,警備,軍人たちはおしなべて気むずかしい顔をしています。一般に,中国人は大きな声で話します。小声だとひそひそと後ろめたいことを語っているかのようで避ける傾向が強いです。たくましいです。細菌ですら近寄らない強さがあります。日本と対照的です。滅菌の過保護の日本とは違います。
 ブリスベーンでトランジットをします。海外のローカル空港で,外観が裕福なビジネスマンのほとんどは中国人です。時代の変遷を物語っています。中国は日本よりはるかに大国であることは街に出てみると道路,高層ビル,高級車などよく実感できます。5年前,2年前ではすっかり様変わりしています。2013年7月,四川省豪雨水害のため,降り立った成都空港は,関空,成田よりも巨大で,近代的でした。パソコンを置き忘れて,空港中を探したので印象に残っています。今年2017年1月に成都空港を訪問したら,空港の設備,周囲の街並みも見違えるほど様変わりしていました。近代化の速度には驚きます。かつては背広を着た日本人ビジネスマンが各国の大都市には数人で闊歩していました。家内と出かけたフィリッピン,韓国,米国,イタリア,タイ,イスラエルでは,観光が目的の裕福な日本人と出会うことが多かったように思います。広州,ブリスベーン,バヌアツでは,日本人は見かける機会がほとんどありません。  
 ブリスベーンからは,創立30年になるバヌアツ航空に乗りました。フライトアテンダントとはライトブルーの制服を着た肌の色が濃い褐色のバヌアツ人です。笑顔が乗客の長旅をいやします。11,278㍍上空の窓から眼下に見る雲のまぶしい光景を見ている時も,妻は傍らにいます。パルーシアです。そばにいるカヨ子といつも話し合っています。
 日本とまるで逆の季節のサント空港に到着しました。地上の楽園です。夏から秋に変わる時候です。気温は30度近くあり,上着はいりません。人々はココナツの葉のうちわで仰いでいます。空港の管理室以外にクーラーは効いていません。空港でプリペイドのSIMを交換します。500円です。海外訪問では,プリペイドがないと,家族のように親しくなった人たちと連絡がとれません。
 夕方6時になると夜のとばりがおります。人なつっこいバヌアツ人は暗くても,海外からの訪問とわかるとさかんに話しかけてきます。「バヌアツはこれまで来たことがあるか」「迎えの友達とちゃんと会えたか」「長旅にはプールで泳いで,全身運動するのがいいよ」と気さくに会話してきます。飛行機の中だけでなく,飛行場の内外,街のどこでもお会いする人は,初対面とは思えません。
 じっとしていると,ハエが顔に止まります。ベトナムでもそうでしたけれど,若い女性でもぜんぜん気にしません。いきなり大きなほくろができた感じです。日本ならさしずめ,「不衛生」「きもい」「もういや」と反応しそうです。日本では,電撃殺虫器がレストラン以外でも,便所,外灯,駅などでも人の集まるところに据えられています。仏教国として,むやみに「殺生をしない」「罰が当たる」「虫にも五分の魂」という規範は過去の遺物になってしまいました。しかし,アジア,オセアニア,アフリカ諸国では,虫と共生することは当たり前です。「神は彼らを祝福して言われた。『産めよ,増えよ,地に満ちて地を従わせよ。海の魚,空の鳥,地の上を這う生き物をすべて支配せよ』」(創世記 1:28),と。「支配せよ」について西方教会の曲解してきた欧米の奢りが日本にも浸透しきっています。「支配せよ」のヘブライ語ラーダーには,エゼキエル 34章4節では羊の群れを導くの意があります。(NEB『新英語聖書』)。
 蚊が嫌いという人は稲作文化を否定していることになります。ユスリカが存在してはじめて,田んぼの土壌をトロトロ層にして,おいしいお米を口にすることができます。ですから,ベトナム,ネパール,バヌアツ,北朝鮮のごはんはおいしいのです。自然と共生するエコロジーに麻痺した民は自ら首を絞めていることになります。
 自然災害を被った海外ボランティアに出かけて,大きく三つの体験をします。一つに,災害の爪痕による孤児,独居の高齢者,病人との出会いです。二番目に,自然の豊かさです。三番目に,人々のおおらかさ,人情,親切心に打たれます。

ブラックサンドの孤児たち

 ネパール,ベトナム,東北,熊本の子どもたちも,世界中の子どもたちと同様,かわいい存在です。しかし,バヌアツの子どもたちは底抜けにかわいいことは誰しも実感することです。天真爛漫であり,天使のような笑顔です。男の子も女の子も,孤児であっても,見ているだけで,苦悩を忘れさせてしまう魅力があります。風土が人を変えるという日本の優性思想の和辻や柳田國男[1875-1962]など学者の発想を打ち砕きます。オセアニアの国々の祖先はアフリカとつながっているのでしょう。膚の色が真っ黒だったり,濃い褐色です。目鼻立ちがはっきりしており,まつげは極端に長く,目は大きいです。濃い化粧をしなくても女性はナチュラルの美しさがあります。気候が温順なニュージーランド,日本,英国など海洋国家の地勢がもたらす優越感,自国中心主義,差別感情は極端に少ないのです。
 サイクロン「パム」で壊滅してしまったブラックサンドという貧民窟に,二日目の4月8日に,三度目の訪問をしました。親はおらず,学校にも行けず,大人にもなれない子どもたちが
たくさんいます。しかし,学校には行きたい孤児たちが泥だらけになって,サッカーボールを追い続けています。土性骨がみなぎっています。審判はいなくても,ずるをしないきぜんとしたモラルがあります。日本の文科省が「道徳」で押し付ける「いじめを撲滅する」という画一的な教育方針は不要です。ちなみに,「撲滅」とは“完全に滅ぼすこと”と『大辞林』(三省堂編修所 第三版 2006年)は定義します。ヒットラーがユダヤ人を根絶するとか,文明国の虫嫌いのように殺虫器で絶滅させる発想です。気に入らないものを排除することに,何の良心の呵責も感じず思い上がり,鈍感になった私たちこそ薄気味悪いものです。“撲(なぐ)っても相手を従わせる”,とお上は学校現場に強要します。いじめは「撲滅する」のではなく,「克服する」ものであるべきです。ブラックサンドの貧しい子どもたちには上からの押しつけがなくても,弱い者,年下の子ども,ハンディキャップの仲間には思いやりがあります。「道徳」の教科を作る日本の文科省の役人こそ,ブラックサンドの子どもたちから謙遜に学ぶべき多くの本質があるぞと思わせられます。
 ここでは焼け石に水のようですけれど,早速,「カヨ子基金」を用いるように言うと,子どもたちは飛び上がって喜びました。機会があれば,子どもたちは挑戦するのです。一般論として,日本では所得が800万円以上の家庭でなければ,東京大学をはじめとして,一流大学に子息を入学させることができません。まさに現代のバベルの塔です。格差構造を温存したい御仁には見えない希望が≪動画参照≫ブラックサンドにあります。子どもたちの可能性,無限の情熱,凛としたモラルこそ行き詰まった日本のコンパスです。針を山積みになった干し草に落としたら,どんなに精巧な技術で探索しても見つけ出すのは困難です。磁石があれば簡単です。TV報道,マスコミの紙面,体制を温存させたい人々は,社会の断面の分析は机の上の知力による見当外れの学者の見解に依存します。護送船団という組織力により,維持することに躍起です。記者たちの体感,人々の息づかいは,現場でなければ伝わらないことを伝えてくれます。しかし,学者にはその視座が欠けているのです。磁力がないのです。したがって,うめきに対して,知性で洞察していく過程を反復するにつれて,人の痛みに無感覚な人間になっていく道に陥ってしまいます。文明,技術,グローバリゼーションは被災,自然災害,貧困についても無関心という思考回路が君臨してしまいました。
 大都会,高度な輸送,情報社会では,現代が失ったたいせつなものは見いだされません。直観力の磨かれた子どもたちのもつ感性こそ宝です。行政,学者,メディアには見えない輝きを子どもたちはもっています。オランダの天才画家ゴッホの逸話があります。父親が息子に尋ねました。「ぼく,そんなところで何をしているのだい」と聞きました。「ぼくお星さまをみているんだ」「そうか,お星さまはきれいだろう。金色や銀色をしていて」。ゴッホは首を横に強く振り,「違うよ。お父さん,お星さまは金色や銀色をしていないよ」「じゃ,どんな色をしている」「お星さまは昼間の晴れた空の色をしているよ。ほら,見てみて」。父親はおかしなことを言う子だとあきれて家に入ってしまいました。ゴッホは自分の目で判断して言っていたのです。ゴッホの色彩を汲み取る目は普通の目とは異なっていたのです。

 バヌアツにも大きな蝶モナクが飛んでいます。モナクの眼は花心の中の蜜を紫外線カメラのように識別できるのです。モナクは枯れた花には近寄りません。蝶の目には紫外線は見えても,人間には紫外線が見えません。紫外線だけが目に見えないのではありません。何でしょうか。神のみ手です。聖書には「見ないのに信じる人は,幸いである」,と。≪動画参照≫ブラックサンドの子どもたちにしか見えない魂のひだがあります。初対面であっても,まなざし,ほほえみ,声の色から友かどうか見分けることができるのです。友と敵という二元論で人を分け隔てするのではありません。紫外線カメラのように,魂と魂でコミュニケーションをすることができます。たとえ現地のビスラマ語,ピジン語,フランス語を話せなくても理解し合うことができます。数字,マニュアル,コンピューターがなくても信頼し合ったり,辛さ,喜びを分かち合います。文明人が喪失した宝のような平和,喜び,正義があります。まさに神の国です。かつて日本には「神の国」と発言して失笑された首相がいました。2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗元首相[1937‐] は言い放ちました。「日本の国,まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く,そのために我々(=神政連関係議員)が頑張って来た」,と。神社本庁が天皇崇拝,教育勅語復活,憲法9条改正をしようとしています。
 しかし,神社は本来,地域の氏子が郷土を守る宗教です。神社は必ずしも天照大神(あまてらすおおみかみ)からの万世一系の天皇制度を是認するものではありません。明治維新があり,明治憲法,つまり1879[明治12]年に,招魂社から靖国神社ができ,旧大日本帝国憲法が1889[明治22]年2月11日年に作り上げられる頃から変節してきたわけです。森さんは2020年の東京オリンピックの聖火リレーのため,帰宅困難区域,今も通行止めの国道6号線で,子どもたちが日の丸を振れば復興につながると言うのです。小学生たちが疎開している区域から戻るように画策しています。「復興に貢献する」という大義名分です。今でも被曝のレベルが高いため,住民でさえ,帰宅を困難にしている地域です。メルトダウンがあった富岡町で小学生に無理強いをするとは狂気の沙汰です。しかし,こわいのは森さんではありません。そうした政策にまったく無反応な日本人の心です。もっと言えば,自分たちの魂の救済がなされたら,あとはどうでもよいキリスト教会をはじめとする宗教者の鈍感さはもっと深刻な問題です。

 鎮守の森,神社の境内がもっている凛とした雰囲気,手を合わせてきた敬虔な伝統が変質してしまいました。明治維新以降,政治家が変えてしまったのです。バヌアツのジャングルの酋長たちが守ってきた敬虔さと共通するものを日本は手放してしまったのです。かつての寺社仏閣にあった真の静粛さ,研ぎ澄まされた霊感,先祖の守護霊は言葉では表せませんが,人間の魂と密接であったのです。
 政治が祭事(まつりごと)から派生したと言えども,ヒエラルキーによる政体により臣民をかしづかせる教理は本来の神道とは異なります。教育勅語の冒頭は,「朕思う」です。英語にすると,I think(私は思う)ではないのです。1890年,“Know ye, Our subjects”(お前達は知れ,我が臣民よ)とわい曲されたのです。全世界に英語で宣言されました。
 思考力を失った民は抗うこと,正常な批判力,過去の反省も機能しなくなっています。まさに現代病,霊的心筋梗塞です。真に郷土を愛する者ならば,クリティック[批判]するセンサーがあり,モナクのように腐った花心には近づかないものです。
 エラタップの酋長たちと再会して,お互いに抱擁できるのも外国語に精通しているからではありません。魂の対話です。心の窓である目,唇,心臓の鼓動により,通じ合う世界があります。嘘をつけば,簡単にお互いを見破ることができます。
 膚の色に関係なく,現場では,勤勉に働きます。建設中のエラタップでは,便利な重機がありません。セメントをこねる砂がいっぱい入った大きなバケツを軽々と2メートル先の仲間に投げます。まるでキャッチャボールをしているようです。汗だくだくです。筆者なら一回で,肩が脱臼してしまうかもしれません。

筆者の右側にエラタップのマンモ酋長。2017年4月8日

 植民地時代から白人は,先住民を侵略し,支配し,隷属させてきましたが,そればかりではありません。白人のキリスト教の宣教師の中には,相互に魂の触れ合いがあったからこそ,オセアニアにはキリスト教国が多いのです。パプアニューギニア,キリバス,フィジーなども民のほとんどはキリスト者です。ここバヌアツのキリスト教会も指導者,信者,宣教師は現地の黒人です。
 欧米のように教理,教義に基づいた教会政治で信者を縛る宗教体系より,個々のアイデンティティを大切にします。つまり知識,教養,社会的ステータスより,裸になったときの生き様が重んじられます。ローマ・カトリック教会のマリア崇拝,ものみの塔のエホバ崇拝,イスラーム教の熱心な伝道などに目くじらをたてません。どんな宗教を奉じていようと,神を礼拝する真摯な態度に尊敬の念をもっています。他宗派を非難するような独善的な態度はありません。キリスト教によるアパルトヘイト(人種隔離政策)があった南アフリカ共和国のデズモンド・ツツ[Desmond Mpilo Tutu 931-] 聖公会大主教は1984年にアパルトヘイト撤廃運動に尽力していたノーベル平和賞を受賞しました。ツツ大主教は英語版『神はクリスチャンではない』という本を書いています。米国,韓国生まれの他宗派を非難する排除的なキリスト教とは天地の差があります。バヌアツなどには,クルセード対ジハードというような二元論はないのです。バヌアツではエキュメニスティが自然にできあがっています。
 バヌアツはまさに地上の楽園と言えます。天国に行って,自分はルーテルだとか,モルモンだとか,創価学会だと威張る場はないはずです。
 パプアニューギニアからナザレン教会の牧師たちがバヌアツに来て,教会を建造していました。「あなたがたのうちでいちばん偉い人は,仕える者になりなさい」(マタイ 23:11)にあるとおり,牧師たち自身が汗まみれ,泥だらけになって実践していました。パプアニューギニアのナザレンの群れは世界でもまれだと筆者は感心しました。彼らのひとりムンディ・ダマ牧師と3日間話し合う機会がありました。エキュメニスティについて論じ合いました。ヤコブ 1章27節の「みなしごや,やもめが困っているときに世話をし,世の汚れに染まらないように自分を守ること,これこそ父である神の御前に清く汚れのない信心です」についてお互いの聖書観を交換できました。するとムンディ牧師は,バヌアツとパプアニューギニアに「孤児ミニストリー」を開始する,と同行の牧師たちと会合を持ち,筆者と協力関係を築き上げたいということになりました。パプアニューギニアのナザレングループが「孤児ミニストリー」を始めると宣言したのです。その前日の4月5日に,同じ目的の別の団体が正式にポートビラ市で立ち上がりました。
 ボールドウィン・ロンズデール大統領の秘書ジョン・ソバン牧師と話し合っている時に,バヌアツで2番目に大きいマライ・タブ・プレスビテリアン教会に招かれました。何か特別な行事があり,牧師やみんなが待っているから,ぜひ来てくださいと念を押されました。プレスビテリアン・センター事務所は,2015年,はじめてポートビラ空港から降り立った時から縁があります。空港からヒッチハイクでもして,サイクロン「パム」の被災地へ足を踏み入れようとしたとき,乗り合いバスの運転手から熱心にすすめられたのです。一番被害のあった所へ行って欲しいと降ろされた地点がプレスビテリアン教会センター近くだったのです。ソバン牧師と別れて,6日午後3時,そこで勤務するロイ・ヨセフ牧師が牧会している教会に向かいました。

ボランティア道の母 孤児ミニストリーに対する感謝会 2017年4月9日

 会場に着いてみると,なんとステージに「孤児ミニストリー」の幕が張ってありました。テウマ地域に神戸国際支縁機構からの100万円の支縁によって,孤児の施設が建つことの集いだったのです。二人の著名な牧師が聖書から孤児の世話こそ,キリスト者が取り組むべき最大の使命だと強調されます。長老教会らしく,エモーショナルな感情を揺さぶる主題説教ではありません。聖書からの緻密な説き明かしです。そして「Tomorrow orphanage Ministry」が正式に旗揚げをすることになりました。聴衆は80名ほど集まっていました。多くは,孤児たちでした。牧師たちは英語で,筆者の働きを紹介し,「カヨ子基金」についても言及しました。奥さまカヨ子の遺志を受け継いで活動していると。ステージから「なぜ孤児のために仕えているか」,聖書から語るように,筆者に言われました。そこで恥も外聞もかなぐり捨てて,マイクを持ち,通訳なしにへたな英語で語りました。次の通りです。

講壇からメッセージ 2017年4月6日

 今日,ここ「神の御国」に招かれましたことを喜んでいます。皆さんは私の家族です。ふるさとに帰った気持ちです。
「しかし,イエスは言われた。『子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである』」(マタイ 19:14)という「神の国」は将来のことではないと語り出しました。ともすると,「御国」は将来,やってくるような期待をして,「Thy Kingdom will come.御国が来ますように」 (マタイ 6:10)と祈っていませんか,と聴衆の子どもたちに問いかけました。
 いがみあい,殺し合い,傷つけ合いがなくなる時代が「神の国」と信じていませんか,と問います。
 しかし,「御国」とは将来のことではありませんよ,と。
 「神の国は,飲み食いではなく,聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです」 (ローマ 14:17),と書かれているように,飢餓,貧困,病気といった人類が直面している問題がすっかりなくなった状態を待ち望むのではなく,神によってもたらされる霊的な「義と平和と喜び」 に満ちた状態こそが「御国」 です。家族である皆さんと共に賛美し,祈り,一緒にいる場所が神の国です。したがって,「御国」とは“我と汝の関係”の世界です。つまり神が私たちの心の統治者として治めている場所です。「御国」が西暦一世紀に成就したことが福音です。
 「御父は,わたしたちを闇の力から救い出して,その愛する御子の支配下 [御国  バスィレイア]に移してくださいました」 (コロサイ 1:13)と。
 ですから,「御国に行けますように」にと祈るのではありませんよ。 みなさんの心の王座にイエス様をお迎えしていきましょう。
 そこに「御国」が実現しています。

 講壇を降りると,着任一年のビル牧師たちが駆け寄ってきて,「よくぞ,御国について語ってくださった」,と握手を求めてきました。
 会衆全体を代表して,ロイ牧師が祈り終わると,最前列に座っていた筆者に起立するように言われました。出席者全員がひとりひとり,会堂の後ろの方から,聖餐式のように並んで,握手し,一言ずつ声をかけるために近寄ってきました。
 ひとつの家族として迎え入れられました。半分くらいの人たちとの交わりの段になると,声が詰まってしまいました。涙でみなさんの顔が見えなくなったのです。何もできていないしもべに,かくも温かい歓迎のセレモニーを準備してくださった思いがけないプレゼントに,妻<参照>カヨ子と共に手を合わせました。「カヨ子のおかげで,みなさんから祝福されているんだよ。本当は君がここで受けるべきなのでは」,と神さまに感謝しました。

 エラタップ,テウマの二か所の建設現場も見ました。それぞれ維持管理する団体は異なります。オープニング・セレモニーが日本の夏までに完成するとの見込みも報告されました。
 バヌアツは訪問回数を増すにつれ,子どもたちの純粋な魂にますます打たれます。老後を過ごすには,最も理想的な場所かもしれません。バナナ,パパイア,コメ,牛肉,魚など決して種類は多くはありませんけれど,あくせく働かなくても,いたるところに果物があります。餓死することはない国です。日本ならば,食べ物を買う金銭的なゆとりがなく,孤立死を耳にします。貧しさのゆえの餓死が現実にある日本とは異なります。
 しかし,衛生状態,医療,産業がないための海外への出稼ぎなど,厳しい現実もあります。

空港に送迎に来てくれたアマンダさんたち

見えなくなるまで見送ってくれた家族たち

 「カヨ子基金」を通して,孤児たちが学校に行けるようになります。「なんのために人は生まれてきたのか」「死んだらおしまいさ」「共生,共苦,苦縁」について,世界にメッセージを発信するために,教育を身につけてもらいたいと願います。バヌアツは魂において先進国だからです。
 時期はずれのサイクロン「クック」が週末である4月8,9日にバヌアツを襲いました。被害が大きくならないように祈ります。 
 スターフィッシュ・ハウスの南 俊治さん,バヌアツの施設のために救援金を寄せてくださった多くの方々,第1回ブラックサンド訪問時に,鯉のぼりや風船提供の神戸スイミープロジェクト栗須哲秀さん,親書を託してくださった兵庫県井戸敏三知事,神戸市久元喜造市長,バヌアツサイクロン「パム」被害を記事にしてくださった朝日新聞大川洋輔さん,産経新聞西山瑞穂さん,読売新聞浅野友美さん,神戸新聞安藤文暁さん,今回バヌアツ訪問中に葬儀であった故阿部捷一石巻支所長,青団連(青少年団体連絡協議会加盟団体)のみなさん,神戸国際支縁機構の事務局,常に祈ってくれている故岩村カヨ子に感謝を申し上げて,報告を終えます。 

以上