第1次千葉災害ボランティア  2019年9月15-19日

参加者 三木晴雄,岩村義雄,村上裕隆,當麻久弥,本田寿久,大島健二郎,佐々木美和,左成和朗(第16次),本田博之(第37,56次)      計9名

完全原稿 『同胞に対する隣人愛
英文完全原稿 Complete manuscript of  English ⇒ “Neighborly love for our neighbors”

『クリスチャンプレス』(2019年9月25日付)
『朝鮮新報』(2019年9月25日付)。

『朝鮮新報』(2019年9月25日付)。

ボランティア,募金もお願いします。

<序>
 毎年のように大規模な災害が日本列島を襲っています。一週間前に神戸国際支縁機構は佐賀水害ボランティア[1]に繰り出したばかりです。自然災害にただ嘆息してばかりではおられません。同胞の人々がライフラインに事欠くだけでなく,生きる上で必要な人権が顧みられなくなっています。
 佐賀県の大町,北方町,金立町などでも,水を含んだ畳出しは,家族,親戚,友人たちによりやりくりするしかありませんでした。佐々木美和事務局メンバー(大阪大学大学院博士後期課程)は,住民の方から,「メディアでの報道もなく,被災地の住民からの佐賀新聞への連絡により,9月4日にやっと情報が載ったにすぎません」,と聞いたようです。過疎,高齢化,少子化の流れにあって,独居の高齢者は立ち往生するしかありません[2]。初動の段階で行政も現場で指一本動かせませんでした。続いて,台風15号により千葉県の南房総においても同じように,高齢者の生活が脅かされました。

 宗教者は信心深くあればいいのでしょうか。『心を尽くし,精神を尽くし,思いを尽くして,あなたの神である主を愛しなさい』,と敬虔であればいいのでしょうか[3]。「救われた」という恩寵を感じることのできない人々の窮状に無関心であってよいものでしょうか。マザー・テレサ [1910-1997]は,「愛の反対は憎しみではなく無関心です」,と述べました。9・11テロ前,被災者,孤児,貧者に「無関心」であった筆者を変え,突き動かしたものは,人々の死,涙,そして自分の罪深さです。今でもそうですが,自分中心に考え,生きてきたことへの反省が筆者を駆り立てます。エゴイスチックな殻を破りたいと峻険な荒行をする山伏の行(ぎょう)のように見えるかもしれません。しかし,荒野で寝起きすること,長時間の移動,粗末な食事が隣人愛の必須条件ではありません。他者への思いやりが人々を突き動かします。今回も明石市に住む長野晶朗さんはじめ,多くの存じあげない人々が千葉において援助を必要とされている広大な地域に行くように呼びかけたりされました。「ゆとり」があればボランティアに参加ができるのでしょうか。100回を数える東北ボランティアにこれまで2000人近くの方々が協力してくださいました。どちらかといいますと,金銭,時間,体力にゆとりのある人たちはほとんどおられませんでした。フリーター,ニート,奨学金返済で苦悩している学生たちが多かったといえます。日々の生活で裕福でない人たちです。なぜなら災害,貧しさ,病などの立場の人々こそ感情移入しやすかったからでしょう。おカネが人生のすべての人たちはなんだかんだ理屈をつけて,動こうとはしないものです。

(1) ボランティアとしての出発
 a. 協力者
 7人は神戸国際支縁機構の本部を2台で出発しました。ひとつに千葉停電ボランティアに仕えてから宮城県石巻市渡波の稲刈りに向かうという目的でした。まず東京都墨田区にあるミヨシ石鹸三木晴雄会長を訪問しました。2011年3月11日,東日本大震災発生時,神戸国際支縁機構の産みの親のおひとりである三木晴雄[玉の肌石鹸株式会社]会長は救援の義援金を託してくださいました。佐々木は,千葉県全体の被災状況,必要とされている物資などを三木会長に説明しました。千葉の山間部,停電でインターネットがつながらない地域,水,土のう,ブルーシートなど救援物資を寛大に用意していただきました。

玉の肌石鹸株式会社会長室

 右から本田寿久事務局長,本田博之(第 37,56次),大島健二郎,佐々木美和,三木晴雄,筆者,左成和朗(第16次)。

 千葉市今井で被災した在日朝鮮人の方のがれき撤去を行っていた李柱成(り・じゅそん)さんたちを手伝うために,9名は墨田区玉の肌石鹸株式会社から向かいました。行政からも最後まで世話されない在日朝鮮人のため,2011年の東日本大震災の発生時から神戸国際支縁機構は在日朝鮮人はじめ在日外国人に仕え続けてきています。台風15号による被害で崩れた倉庫のがれき撤去に汗を流しました[4]

 b. 南房総へ
 南房総にある鋸南町(きょなんまち)両向(りょうむかい)に入ったとたん,電柱が曲がり,アルミ製ビニールハウスは無残につぶれ,多くの屋根にブルーシートがかかっていました。


 竜島(りゅうしま)海岸にまで進むと,その地には巨人がのし歩いて踏み潰された観がありました。
 館山(たてやま)市役場では,携帯充電のためにいさかいが起きたり,震災直後の民間ボランティアを追い返したり,住民たちはいきどおりをもっておられました。昨年も屋根瓦が飛ぶ台風被害がありながらも,今までに体験したことがない被害規模です。二階もずぶ濡れになり,布団なども使いものにならなくなりました。ごみ処理も役場の分別などの指示がないため無法地区となっています。

 c. 竜島海岸,波佐間(はざま),布良(めら)
 鋸南町竜島では傾聴ボランティアの際,神田弘志さん(78歳),芳江さんご夫妻から民間ボランティアはすぐに動くけれど,社会福祉協議会,ボランティアセンターは5日後に動き出し,直後に何もしてくれないと憤慨しておられました。神田さんは,「君は舟なり,人は水なり 浮くも沈むも水次第」,と書かれた中国の為政者による経世済民の姿の人民に対する善政について説かれました。『貞観政要』(じょうがんせいよう) 呉兢[ごきょう 唐の史家 670-749]編)の書籍を贈呈してくださり,ボランティア道の在り方をご指導くださいました[5]

 館山市をさらに南下しました。波佐間でも,屋根が吹き飛ばされた家屋,転倒している車輌が道路脇に放置されていました。台風の15号の威力のすさまじさを物語っていました。

 千葉県の最南端近くの布良地区に入り,唖然としました。すべての屋根がブルーシートをかぶっています。布良地区の5つの区の総合区長嶋田政雄さん(75歳)の依頼により,川をせきとめるがれきを撤去,5つの地区の屋根瓦の修理に取り組みました。ご自宅の天井,玄関の扉,部屋も雨漏りのダメージがありました。

 天井に雨がしみこんできたので,瓦修理を豊崎美代さん(89歳)から依頼されました。曹洞宗龍樹院の鐘楼,本堂の屋根も台風15号で被害を受けています。瓦がないと人は住めません。ブルーシート,土のう,ロープなどをもって,はしご,脚立(きゃたつ)などを用いて,屋根修理のボランティアに取り組みます。

 左成(さなり)和朗さん(第16次東北ボランティア)や,大島健二郎さん(事務局メンバー)たちの南房総への被災状況についての的確な現地情報が有用でした。とりわけ左成さんはリフォーム店を経営なさっておられた関係で,屋根などの修理について的確な助言をくださいました。

(2) 行政
 a.
被災現場での棲み分け
 神戸国際支縁機構のメンバーは佐賀水害,千葉停電ボランティアに足を踏み入れて,あらためて痛感したことがあります。行政は動いていないようにしか映りません。被災の最先端に向かう私たちは,市街区域でない山間部,郊外,海辺などに入り込みます。その地域は,復旧について優先順位で後回しになっているのでしょう。うがった見方をしますと,行政は,ボランティアセンターに申し込みに来るボランティアを管理することしか仕事がないのでしょうか。どこもかしこもマンパワーが必要なことは歴然としています。避難所にやってきた地域住民への対応が精いっぱいなのでしょう。ボランティア団体,民間の企業,商店などと比較すると,行政の人材は豊富です。しかし,公務員が,災害直後に,現場でスコップをもって汗を流しておられる姿,独居の高齢者の家を訪問している場面,歩けない被災者をおんぶしている姿について,2011年の東日本大震災以降,見聞きしてきませんでした。
 被災家屋は迅速な対応がなければ,雨風によって,畳,布団,二階が損なわれていて,臭くなり,ボランティアがいなければ片づけもできません。独り住まいの方はみじめです。ライフラインなどが復旧できれば震災は一段落したというイメージがメディアによって作り上げられている問題があります。
 いくら行政とボランティアのはたらきの棲み分けと言っても,一週間もボランティアを遮断するお上(かみ)の所業に館山市の住民は怒り心頭に達していました。災害による被災を管理する姿勢を180度変えて,住民のために「仕える」公僕の意識変換がないと災害大国日本は沈没します。
 佐賀県の金立(きんりゅう)や,千葉県の鋸南(きょなん),館山市布良(めら)地区へ市長はこわくて近寄れないと聞きました。被災住民からの罵詈雑言に耐えられないからだそうです。国の防災担当相,環境相は役所の案内に付いてまわるポチではなく,自分で被災者のうめき声を聞くべきです。また内閣改造にかまけて,佐賀豪雨,千葉停電,伊豆諸島対応は後回しになったことは後世の歴史が証明するでしょう。

 b. マンパワー不足
 行政が動かないため,それぞれの区長が走り回っておられます。布良地区でも豊崎悦朗向(むかい)区長,青木徹本郷区長たちからも傷んだ家に連れて行っていただき,修復を依頼されました。

左豊崎悦朗向(むかい)区長,右が青木徹本郷区長。
左豊崎悦朗向(むかい)区長,右が青木徹本郷区長。

 ボランティアが入っていないからです。屋根の上は危険です。住まいの復興がなければ,布良地区の復興はありません。屋根にブルーシートを覆わなければ,生活ができないのです。ですから高齢者たちはだれもやってくれないので,自分たちが屋根に登られました。その結果,転落して命を落とされた方がおられます。“千葉の家屋修理で転落,死亡3人 けがも101人,停電なお3万戸”(『YAHOO!ニュース』(2019年9月18日)です。転落死は「防ぎ得た死」(プリベンタブル・デス)です。行政は,各地からやってくるボランティアを追い返すべきではありません。「安全」という大義名分をかかげる前に,被災者の悲痛な生活を考慮すべきでしょう。また転落死は「関連死」ではなく,「直接死」であり,自治体は事態を重く受け取らねばなりません。布良でもひとりが絶命だったと耳にしました。「屋根には登らない方がいいですよ」と,神戸国際支縁機構勝村弘也理事からも当日,メールで釘をさされました。バランス感覚は加齢とともに確実に低下するという理由です。しかし,一人暮らしの方たちの嘆願を見過ごすことはとうていできません。

 私たちの活動を聞きおよんでフェイスブックのメールで次の連絡をいただきました。「災害は“自己責任”ではないはずなのに,国が救済しないでどうする? こういう時こそ自衛隊に活動してもらって」,と。しかし,筆者は複雑な思いです。なぜなら,自衛隊は上官の命令指示がないと隊員は目の前で救済が必要であっても動けない体質があるからです。9月17日にはじめて南房総に来た自衛隊員に,布良の屋根の窮状を申し上げると,すぐさま「上官からの指示がないと動けません」,とコンビニに飲食物を買いにきた隊員は応答されました。ライフラインが復旧しておらず,断水状態ならば入浴など自衛隊の活躍は期待できますけれど,被災後一週間経っています。
 私たちは,暗くなって,午後7時半に最後の一軒の屋根にブルーシートをかぶせて,翌朝の8回目の稲刈りをする宮城県石巻市渡波に向かわざるを得ませんでした。

 c. 民間ボランティアセンター立ち上げ
 やはり民間ボランティアが息も絶え絶えの方たちに本領を発揮します。お上ではなく,民間がボランティアセンターを立ち上げる必要性が高まっています。管理するのではなく,自発性を重んじる助け合い精神が求められています。ニセボランティアの盗難に目くじらをたてて行政は重い腰をあげませんが,必要なのはルールではなく,隣人愛だと考えるべきです。
 実際に,直接,必要の大きなところに急行し,現場で最優先事項を希求できるのは行政ではなく,「被災者」自身です。そのためには,何時から何時までと,マニュアルではなく,その日のうちにやり遂げられる範囲を即座に判断し,住民の願いに寄り添える精神,責任感,愛情がたいせつです。「麻姑掻痒」(まこそうよう)という中国の故事があります。物事が思いどおりになること。もとは,かゆいところに手が届くように被災者に感情移入するのです[6]。聖書にも,「だから,人にしてもらいたいと思うことは何でも,あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」と記されています[7]。行政の方が1週間後に仮に独りで被災現場にやって来るとします。行政の方はお名前を尋ねてもまず答えてくださいません。「公」の組織が責任をとるので,「個」は責任をとらないように,入社時から名乗らない教育をかつて徹底して受けた,と機構の事務局の公務員宮田,土手は語りました。
 佐賀県武雄市で,住民設立の民間ボランティアセンターが活躍しています。すでに約1,700人が活動しています[8]
 布良でも海岸の砂を土のうに詰めていると,レジャーでサーフィンを楽しみに来ていた方たちもスコップをもって加勢してくださいました。隣人を助け合う精神に感謝しました。
 被災現場で残念なことのひとつは,被災者が「災害救助法」でどれだけ補償されるか,だれも知らされていないことです。そのうち被災者は泣き寝入りです。機構が炊き出しで一番早く,どこのボランティアよりも早く仕えた熊本地震,福岡県朝倉市杷木(はき)松末(ますえ),西日本豪雨ボランティアなど,「個人責任」「補償なし」「切り捨て」がまかり通っている厳しい実状を目撃してきました。
 たとえば,熊本・大分地震でも半壊なら「災害救助法」が摘要されません。
 被災住民のために一刻も早く「災害救助法」について首長は行動すべきです。しかし,法律が優先されてよいはずがありません。人間のくらしが法律よりも価値があるはずです。局地的な被害のため,大規模被害を想定した国の支援制度の適用は受けられない事例があります。岡山県新見(にいみ)市の集中豪雨による家屋の被害は深刻であっても,「災害救助法」は何の役にも立ちません[9]

(3) 稲刈り
 a. 100回目の東北ボランティア
 100回目になります。2011年3月20日に渡波3丁目付近のがれき撤去を最初にさせていただいてからの渡波を中心に,「田・山・湾の復活」をスローガンに2,000名近くの神戸からのボランティアが訪問させていただいてきました。何もたいしたことはできていません。丹野一雄宮城県漁業協同組合委員長,鈴木健一石巻森林組合前代表理事組合長,石巻市渡波地域農業復興組合 阿部 勝代表のお3人は顔をあわせて話し合ったことが何世紀にもわたってなかったようですが,ご一緒に「石巻刷新会議」を2011年12月にはじめさせていただきました。その結果,収穫祭,田んぼアート,餅つき大会など渡波地域の人たちとの交流が深まりました。

『石巻日日新聞』(2019年9月19日付)

 b. 農業ではなく,農法
 稲刈りは,昔ながらの農法で,機械を用いず,手の作業で実施します。無農薬,有機のおいしいコメです。大崎市の「NPO田んぼ」から毎年苗を購入し,根岸で肥沃なトロトロ層にした土壌で栽培をします。長浜幼稚園の園児たちが毎回参加してきました。今年で8度目の挑戦です。園児たちは自然体験のひとつとしてトロトロ層づくり,田植え,稲刈り,脱穀,収穫祭など,一年間のプログラムの中で5回にわたり,神戸のボランティアメンバーたちと自然体験をさせていただいています。
 今年は 2019年9月18日(水)午前10時半から11時半に,石巻市際前620番地の際前(きわまえ)で4畝を刈り取りました。田んぼの所有者は亀山繁氏(1951年生)です。毎年,寛大に機構に使用を許可してくださっています。保原政美さんも「稲架掛け」の杭を打ち込んでくださったり協力してくださいます。園児たちは,農機コンバインを使わずに,ノコカマで刈り取ります。
 機構の栽培は,宮城県石巻市渡波,神戸市西区友清でも反収あたりの収穫量の拡大を目指しません。また自然をお金もうけのために用いず,大きな田んぼも目指しません。自作自給でよしとします。海外から食料を輸入し,米国の農業経営者の繁栄に寄与することにも首をかしげます。農耕機械の入手のためにローンでやりくりに苦労せずにすみます。
 昔ながらの農法です。阿部世奈(せな 5歳)「サクっとイネの束を切れて気持ちよかった」と喜んでいました[10]。 63名の長浜幼稚園の園児たちの笑顔にも励まされました。
 収穫したコメはすぐに「稲架掛け」(はさかけ)をし,天日干しをします。日光により,おいしいコメになります。全量を収穫祭でおにぎりにして地域の方たちに召し上がっていただきます。
 来月は,イネからもみ殻をはずす脱穀です。

 c.自然への回帰
 自然,昆虫など小さな動物,自分たちの食べ物を自分たちで作ることなどをたいせつにする体験は家庭や学校では学べない体験です。園児の年長組は5~6歳です。入園児には,みんなと群れることができず,べそをかいていた子どもたちも幼稚園教育の先生たちのよき導きですぐに順応していかれます。残念なことは,家庭での養育において,母親の影響が強く,たとえば親が虫嫌いだと子どもたちはなかなか昆虫,かえる,生きものにさわることに恐怖心をもっています。とりわけ「滅菌」という生活環境で育った幼子は,「土」にさわることも躊躇します。田植え前のトロトロ層づくりにもすぐには溶け込めません。田植え前の泥(どろ)が汚いものと感覚的に避けようとします。アスファルト,近代的な建築,スピードを競う輸送手段などどれも「土」とは無縁だからです。鳥のさえずりの聞こえる田んぼで,素足でやわらかい田んぼの「土」に触れ,青い空の下で,ミネラルが増し加わった「稲架掛け」(はさかけ)の天日干ししたイネを見ます。
 園児の皆さんには,トロトロ層づくり,田植え,稲刈り,脱穀に共に参加していただきました。秋に,自分たちの栽培したお米でおにぎりを作って食べます。体全体の視覚,聴覚,味覚などで人間がたいせつに育ててきた「食べる」営みを頭ではなく,身体で身につけます。
 大人になってもあぜや小川で遊んだ想い出,ふるさとを愛するきっかけになればと願っています。大都会では味わえない全身で吸い込んだ空気が田舎の魅力として忘れられない貴重な原点になるでしょう。そんな体験のお手伝いをさせていただき,むしろ神戸の私たちの方が感謝させていただいています。
 人間の繁栄のために,人間が自然を支配し,利得の手段することはあってはならないでしょう。神が創造なさった「地」は人間が責任をもってお世話することが望まれます。100回目の東北ボランティアに参加させていただき,都会にはない自然豊かな宮城県石巻市渡波で培われたボランティア精神を継承していきたいと願っています。

<結論>
 東北ボランティア参加者は,神戸市東遊園地(神戸市役所隣)の炊き出しのきっかけになりました路上生活者の田口政夫さん[1941年3月7日生]にお出合いしました[11]。帰途,東遊園地に立ち寄り,参加者全員で調理,運搬し,解散しました。ボランティア道のはたらきは,終始一貫して,「弱い人」(ギリシア語 アスセネース)と「共生」,「共苦」,「苦縁」をまっとうしています。したがって,無名の年金生活者,檀家が少ないお寺,信者が少ないキリスト教会などからご「支縁」いただいて,継続できています。海外の孤児たちからの「叫び声」も次から次へ入って来ます。参加資格は,性別,年齢,国籍に関係なく,また資格,経験,健常者かどうかも問いません。あらゆる人たちで構成されるべきと願っています。なぜなら被災者の中にはハンディキャップ,外国語しか話せない人,心を病んでいる人たちがおられるからです。
 さて,防衛予算も過去最大の5兆3,223億円を計上しています政府[12],内部保留している大企業,悪徳商法でかせいだ不正な富も,きれいに使っていったらどうかという意見も理事会ではありました。みなさんとご一緒に考え,息の長いはたらきをさせていただきたいと思っています。
 ※ 稚拙な説教原稿を翌週,神戸国際支縁機構の村田充八理事,佐々木美和事務局メンバーに校正していただきました。

[1] 拙論「自然を管理するスチュワード精神か,原始的自然を求めるのか」http://kisokobe.sub.jp/article/proposal/15029/?fbclid=IwAR3npPpPKkv1mmMtjx7Ea0xtlpn1czhwg919h0nXUj_fp3gJtM0yfkjAAT4
[2] 『佐賀テレビ』(2019年8月28日)。
[3] マタイの福音書 22章37節,マルコの福音書 12章33節。
[4] 『朝鮮新報』(2019年9月25日付)。
[5] 館山市鋸南町竜島 第1次千葉被災ボランティア https://youtu.be/LqZFpWTybJg
[6] 「麻姑」は中国伝説上の仙女の名。鳥のような長い爪つめをもっているので,かゆいところをかくのに適しているといわれた。
[7] マタイの福音書 10章28節。
[8] 『毎日新聞』(2019年9月18日付)。
[9] 『 同 』(2019年9月16日付)。
[10] 『石巻日日新聞』(2019年9月19日付)。
[11] 「第36次東北ボランティア報告」http://kisokobe.sub.jp/activities/5007/
[12] 『朝日新聞』(2019年8月13日付)。米ロッキード・マーチンの最新鋭ステルス戦闘機F35や地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の発射装置取得費用にあてがわれます。