https://www.christianpress.jp/murakami-city-imamura-yoshio/『クリスチャンプレス』(2019年6月20日付)

 私たち神戸国際支縁機構第97次東北ボランティア一行は,宮城県石巻市渡波から帰途に就こうとする2019年6月18日午後10時22分時に,緊急速報が入りました。関西の事務局メンバーから地震,津波規模について情報が入り始めました。山形県,新潟県の各地域のブラックアウト何軒,津波避難者が何人,どこそこの小学校などに避難しているとの数字が次々と私たちのハイエースに寄せられました。神戸に戻る東北自動車道と同じ方向に,新潟県,山形県へ向かう道路標示が目に入りました。緊急に現地へ行くかどうか,話し合い避難所に支縁物資を届けようと決断しました。道すがら,コンビニで200人分の食料を購入して,一路,磐越自動車道を選び,新潟か,山形県のどちらにもでも行けるように備えました。

 北陸自動車道を経由して,神戸から宮城県石巻市渡波の片道約15時間,1100㎞の行程は慣れていました。途中,道路も寸断されていませんでした。関西の事務局からリアルタイムで寄せられる被災状況を聞きながら,新潟から北上して,村上市のどこへ行くべきか,山形県の鶴岡市のどちらに向かうべきか指示を待ちました。新潟県庁や,村上市など役所に直接問い合わせてみたところ,錯綜した情報の中で,避難所の支縁物資を受けいれる判断はどこもまだ準備できていない反応でした。「もうしばらくしないとわからない」などの返答ばかりでした。避難所の人たちがそれぞれユーチューブで画像入りで,人数,場所,安否などをランダムに発信を始めていました。役所は「わからない」の一点ばりでしたが,地域の住民の方たちがどこが危険で,負傷者がいるかどうか,道路の寸断について詳細な情報,画像,何が必要かを訴えておられました。

 胎中市で高速道路の通行止めがあり,下道により,はじめての道路を村上市府屋に向けて,村上裕隆代表はハンドルを握りました。私たちは緊急時に備えて,ナビは装備していません。GPSに従った道がない体験を何度もしてきているからです。福岡県朝倉市杷木,岡山県倉敷市真備(まび)町,鬼怒川水害(2015年9月9日-11日)ボランティア,厚真川地区[厚真町・安平町(あびらちょう)・むかわ町]の時などもそうでした。地元の人たちに聞きながら,現場に向かうのを常としています。被災地の息づかいも同時に知ることができるからです。

 食料を買い込んで,避難所に行っても,対策本部が立ち上がっていないところは,役所の人たちは自分たちだけでは受け取る判断ができません。民間のようにフレキシブルに対応できません。現場サイドで勝手な行動ができないからです。ちょうど3.11が起こった宮城県石巻の湊町で,2011年3月21日,目の前で,骨折している被災者がいても,たくさんいる自衛隊員が上官の命令がないと動けなかった場面を思い出しました。

村上市山北総合体育館 入口付近 2019年6月19日午前4時

 19日午前3時以降,山北総合体育館も,警報解除により,避難者がピーク時の200人から140人に減っていることもあり,朝食についてどうするか,即答できませんでした。未明4時を過ぎますと,周囲がおぼろげに識別できるようになってきました。報道関係者が殺到していました。記者達は,役場や避難所の窓口で被災規模を聞きます。「これからの復旧の見通しはまだ立っていません」,というTV報道を流しているだけです。避難所の窓口もどこのマスコミが来たかを把握するデスクワークを普段通りの仕事のようにこなしています。記者達は自分たちで,一軒ずつ足で歩いての聞き込みは,まだ未明ということもあってなされていませんでした。被災者の呻き,痛み,苦しみ,怒り,くやしさなど,日本全国に伝わるはずがありません。大きな損壊の現場などの画像だけでは,被災報道の真実は流れません。なぜなら,役所がパニック状態で,にわかな対策本部の人たちは家にも帰宅せず,泊まり込みで現場に急遽配置されているだけで,地域の様子など教えられていないからです。メディア関係者も,そんな窓口を信頼して,わかったかのように,わずかな被災者のインタビューを織り交ぜながら,作られた記事報道でいいのかといつも思わせられます。自然災害の報道の在り方に常々首をかしげます。
 避難所の中からは,スマホなどで,支給された毛布にくるまって横になっている画像が流れています。

 しかし,入口では外部の人たちを江戸時代の関所のように厳重にチェックしています。中の様子が伝わらないようにしています。被災時に何がたいせつか,人権意識より,管理することに重点が置かれます。海外のように,みんなで助け合う気持ちの芽を完全に排除してしまいます。縦割り行政の悪癖がそれぞれの避難所で散見されます。

山北総合体育館の避難所

 避難所で親しくなった村山幹大(かんた 13歳)君は野球部に属し,避難所に深夜きたものの家の損壊を心配していました。伊藤華帆(かほ 16歳)さんは,「だいじょばない」と,小学校1年生の時,東日本大震災の時の揺れを思い出したと語られました。写真に関心があり,撮影を快く引き受けてくれました。同じ高校1年生の大滝心さんは落ち着いて,地震を受け止めておられました。

 宮城県石巻市を去るとき,いつもお出合いする西山町のコンビニ経営者村上勝行さんはおっしゃいました。「震災直後は,みんなで助け合うユートピアがありました。いつしか,あれはだめ,これはだめ,規則や,物質主義に戻ってしまい,残念です」,としみじみと9年目に入った状況を嘆いておられました。「困った時は,おたがいさま」,とみんながだれからかまわず,関心をもって助け合うことも,数ヶ月でなくなってしまいました,と嘆息しておられました。それから,1時間ほど経った時の緊急警報でした。

 日本は自然災害が頻発します。南海トラフで大規模地震が発生した場合,被災地と日本を支えるのはおカミだけでは収拾がつきません。役割を棲み分けして,「国難」を乗り切れるだけの日本人全体の意識をたいせつに育てる必要があります。人任せにしないこと,みんなで助け合う相互扶助の精神,つまり隣人愛を活かすフィールドを培うようにすべきです。上から目線で,こうしなければならない式のマニュアル,コンセプト,戦略では対応できません。

村上市山北支所近く

 パウロは約2000年前に言いました。「隣人を自分のように愛しなさい」は,最も尊い律法であると述べました。その際,ギリシア語アナケファライオー≪要約する,総括する,~に帰せしめるの意≫やプレロー≪(欠けた所を)満たす,うめる,成就する,全うするの意≫を用いました。「そのほかどんな戒めがあっても,『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます(アナケファライオー)」,と強調しました(ローマ 13:9)1)。つまり,マタイの福音書 22章37節や,マルコの福音書 12章33節で,キリストが律法の中で,何が最もたいせつかと問われた時,『心を尽くし,魂を尽くし,思いを尽くして,あなたの神である主を愛しなさい』 ではなくて,隣人愛こそが律法を「要約している」とパウロは語りました。また,ガラテア 5章14節でも,「律法全体が,『隣人を自分のように愛しなさい』という一句において全うされている(プレロー)からです」と,語りました。神を愛する以上に,律法を「完成する」のは,「隣人愛」と説き明かしました。ヤコブも『隣人を自分のように愛しなさい』という律法がバスィリコス≪王の,王に属するの意≫ ノモン バスィリコン≪王に当たる律法,最高の法,律法中の“最重要部分”≫を「完成する」テレオーという最も尊い律法)と,伝えました。(ヤコブ 2:8)。
 旧約時代から,隣人愛は一貫しています。申命記 10章12節~19節から示されていますように,唯一神を愛することより,聖書全体に貫かれている弱者,貧者,孤児たちを愛することこそ人類に与えられた神の教えです。

 創造主の教えを忘れないで,被災したときに助け合う空気を,まず私たちが生き様を示してまいりましょう。

                        2019年6月19日

出典   
1) Theological Dictionary of the New Testament (TDNT) ” VI Gerhard Kittel, Gerhard Friedrich Eerdmans 1968 p.293     
⇒ 『クリスチャンプレス』(2019年6月20日付)。